『おれは一万石 銘茶の行方』|千野隆司|双葉文庫
千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説シリーズの第28巻の『おれは一万石 銘茶の行方』(双葉文庫)を読みました(周回遅れ気味ですみません)。
一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎりの一万石の大名、下総高岡藩井上家。高岡藩は遠江浜松藩井上家を本家とする分家です。
しかし、現藩主の正紀は、尾張藩の付家老である美濃今尾藩竹腰家から婿に入っていて、伯父徳川宗睦が尾張藩当主で、実兄竹腰睦群が美濃今尾藩主で、尾張一門と見られています。
毎回、この一万石の小所帯に、これでもかというばかりの危機に見舞われ、その窮地をいか脱出できるかを描き、勧善懲悪の痛快さも楽しめる人気シリーズとなっています。
正紀の近習植村の嫁取り、待望の世継誕生と、慶事が続いた高岡藩井上家。そんな中、本家浜松藩の扶持米と、分家下妻藩が仕入れた銘茶緑苑が奪われた。扶持米は藩士の血の一滴だ。銘茶は藩財政を救う鍵となる。さらに荷船に同乗していた植村の切腹を求める声も上がった。一門の混乱の中で、藩主としての正紀の腕が試される。大人気シリーズ第28弾!
(『おれは一万石 銘茶の行方』カバー裏の紹介文より)
寛政三年(1791)十月。老中首座松平定信によって、新たな触れが出されました。
米不足を補うために、「大名家の家臣の江戸扶持米は、領国から廻送する」ことというもの。
本家の浜松藩井上家でも、冬の扶持米の一部百四十俵を浜松から船で送ることにしました。江戸での受け入れは、中老の繁松昌左衛門がすることになりました。
分家の下妻藩主の井上正広は、藩財政の再建のため、遠州より銘茶緑苑を仕入れて、商人に売ることになりました。
高岡藩主の正紀は、浜松から品川沖まで千石船で運んできた扶持米を浜松藩の中屋敷に、緑苑を下妻藩下屋敷に運び込むために、信頼できる船問屋を探していた2つの藩に、府内など近距離専門の船問屋濱口屋分家を紹介しました。
濱口屋分家では三十石積みの荷船二艘を用意し、一艘にはすべて米、二艘目には米と茶を載せることにし、米の船には繁松の腹心の浜松藩士の大倉が、米と茶の船には下妻藩士の角間と、正紀の近習の植村仁助が乗ることに。
十月八日、品川沖で千石船から荷を受け取った二艘は、七つ過ぎに、大川に入って永代橋を過ぎたところで、それぞれに、たっつけ袴に覆面姿の四人の侍が乗っている二艘の船がぶつかってきて、顔に布を巻いた侍三人が乗り込んできました。
角間は瀕死の重傷を負い、竿を振るって抵抗していた植村も川に落ちてしまい、荷船ごと船の荷を奪われてしまいました。別の船の大倉も斬り殺されて荷船を奪われました。
繁松も正広も、藩内に事情を抱え、敵対する勢力がありました。
浜松藩では幼君の正甫の後見役として、藩の政を牛耳る江戸家老浦川文太夫がいて不正の噂もありました。繁松は浦川の専横を防ぐ役割を果たしていました。
下妻藩では、先代藩主の正棠と正広の父子の関係がうまくいっていません。
また、分家の高岡藩が尾張一門としての色を濃くするのを不快に思っている一派もありました。
その旗頭が浜松藩の浦川であり、今は隠居し国許で蟄居している正棠がその背中を押していました。
翌朝、繁松は藩主正甫に呼び出されて、事件の詳細を話しました。同席していた家老の浦川から「扶持米一粒は、藩士の血の一滴という」と言われ、今月中に取り返すことを約束させられ、取り返せぬ場合は責任を取ることを求められます。
また、下妻藩主正広も浜松藩主正甫のもとに、昨日の事件の報告に訪れて、同席の浦川から、緑苑の買い入れの際に立て替えた百六十八両を今月末日までに支払うように約束させられました。
「しかるに同乗していた植村は、荷を守ることもできず、おめおめと生き残り申した」
悪意のある言い方だった。正紀の腹の奥が熱くなったが、次の言葉を待った。
「植村にも、それなりのけじめをつけてもらわなくてはなりますまい」
「何をしろと」
「腹を切らせていただくのでは、いかがでございましょうや」(『おれは一万石 銘茶の行方』P.165より)
高岡藩主の正紀も、浦川から、今月末までに扶持米を取り返さなければ、植村への厳しい処分を課すように言われました。
消えた荷の行方がまったくわからない中で、正紀、正広、繁松の三人は力を合わせて、今月末までに扶持米と銘茶を取り返さなければならない、絶体絶命のピンチに……。
今月中に荷物を取り返せなければ奈落行きとなる、浜松藩、下妻藩、高岡藩が力を合わせての必死の大捜索が大きな読みどころです。
第22巻の『藩主の座』以来、久々に登場する、浜松藩江戸家老の浦川文太夫。反尾張一派の旗頭として、正紀の前に立ちはだかるシリーズ最強の敵役の一人です。憎々しさ全開のキャラクターが最高で、今回もハラハラドキドキの勧善懲悪を堪能しました。
おれは一万石 銘茶の行方
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2024年3月16日第1刷発行
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 公儀の触
第一章 消えた荷
第二章 家老の謀
第三章 切腹の声
第四章 古河城下
第五章 追う小舟
本文252ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本