『斬首の森』|澤村伊智|光文社
田舎育ちにもかかわらず、灯のない暗い道が苦手なくらい恐がりです。怪談やホラーからはなるべく遠ざかるようにしていました。
今回は、時代小説ではなく、ホラーミステリーの紹介です。
ところが、澤村伊智(さわむらいち)さんのホラーミステリー、『斬首の森』(光文社)を手にする機会がありました。
ショッキングなシーンの連続なのに、怖いもの読みたさでページを繰る手が止まらなくなりました。遅まきながら、ホラー小説の醍醐味の一端に触れた気がします。
欝蒼と暗い森の中に建つ合宿所。ある団体の“レクチャー”を受け洗脳されかけていたわたしは、火事により脱出する。男女五人で町へ逃げ出そうとするが、不可解な森の中で迷ってしまう。翌朝、五人のうちのひとりの切断された頭部が発見される。頭部は、奇怪な装飾を施された古木の根元に、供物のように置かれていて――。
戦慄のノンストップ・ホラーミステリー。(『斬首の森』カバー裏の内容紹介より)
週刊誌の仕事でフリー記者の小田和真は、フリーター水野鮎実にインタビュー取材をしました。カルト商法をする企業「T」の合宿所で「研修」という名の暴力と洗脳行為を聞き、その実態を暴くための取材です。三十一歳の鮎実は、「T」の被害者で、1年前に合宿所から逃げ出したのでした。
SNSのDMのやり取りで取材を受けることを決めた鮎実でしたが、悪夢を思い出してなかなか喋れませんでした。が、何度か深呼吸をして、話し出しました。
「わたしは、あの会社に誘われて、入って、研修に行きました」
「ええ」
「研修はとても、キツくて、怖くて。でも何か、楽しいとこもあって」
「ええ」
「それで、それでわたしは……わたしたいは」
ペットボトルのラベルを見つめながら、鮎実は何度も躊躇った末、言った。
「人を殺しました」(『斬首の森』P.13より)
鮎実は、部長の指示で、死んだマサキの死体を四人がかりで、それぞれ手足を掴んで持ち上げて運びました。研修所の外の開けたところで、マサキの服を脱がせてラップフィルをむ体中にぐるぐる巻きにするように命じられます。続いて四人がかりで、地面の土を掘り、人ひとりをすっぽり埋められる穴に、マサキを投げ入れ、土を被せて穴を埋めました。
穴には、ラップフィルに巻かれた別の死体が既に入っていて……。
その日行われたセミナーで、正社員による「レクチャー」によってマサキが死に、鮎実たちは死体の処理をさせられたのえす。
「俺たちがさせられたのは、純然たる死体遺棄だ。あいつらのしたことは殺人にも等しい。俺たちは犯罪の片棒を担がれてんのさ」
そうなのか。
本当にそうなのか。
だとしたら、これは、この集まりは。
(『斬首の森』P.20より)
死体を運んだ一人、シンスケは鮎実の耳元で小声で言いました。
その夜、研修所で火事が起こり、鮎実は、土屋、シンスケと呼ばれていた太刀川、久保の男三人と四十歳の女佐原と五人で、場所を隠されてバスで連れてこられた森の中の研修所を逃げ出しました……。
スマホも取り上げられて、地図もなく、水や食べ物もわずかに所持するなかで、五人の命を懸けた脱出行が始まります。
森での共同生活を始めるうちに、次第に明らかになっていく五人の正体と「T」の実態。そんな中で、一人が首を斬り落とされた姿で見つかり、犯人探しでみなが疑心暗鬼になりました。
誰が、何のために?
ここでは何が起こっているのでしょうか?
ざわざわと心が震える間もなく、サバイバルゲームのように次々に戦慄のシーンが繰り広げられ、それは一種の痺れるような快感につがなりました。
夢中で一気読みしました。読了感も不思議と気持ち悪さが残らず、むしろある種の爽快感すら。
食わず嫌いでしたが、わたしって本当は少しホラー好きのでしょうか。
welle designの坂野公一さんと吉田友美さんによる、装幀の赤と黒の色遣いがスタイリッシュで、おどろおどろしい「木」のデザインが印象に残りました。
斬首の森
澤村伊智
光文社
2024年4月30日初版1刷発行
装幀:坂野公一+吉田友美(welle design)
写真:Adobe stock
●目次
プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
エピローグ
本文238ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本