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義賊、忍びに、影御用、幽霊剣士…、登場人物は裏の顔ばかり

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『実は、拙者は。』|白蔵盈太|双葉文庫

実は、拙者は。デビュー以来、その作風にハマって追っかけている作家さんがいます。本書の著者の白蔵盈太(しろくらえいた)さんもその一人です。

文芸社が主催する第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞し、2021年『松の廊下でつかまえて』(文芸社文庫)で小説家デビュー。その後も、文芸社文庫から歴史時代小説を刊行し、これまでに6タイトルが出ています。

大石内蔵助、葛飾北斎、源範頼、今川義元、徳川家康らの歴史上の人物を主役に据えながらも、これまでの歴史物とは一味違うユニークな作品を発表しました。
毎回、その豊かな想像力と創造力に「なるほど」と膝を打って堪能しています。

いずれも素晴らしく面白い作品ですが、文芸社という自費出版で知られる出版社からの刊行ということで、知る人ぞ知る存在なことを歯がゆく思っていました。(白蔵さんの著作物は自費出版ではなく、商業出版にもかかわらず……)

さて、今回、双葉文庫より、『実は、拙者は。』(双葉文庫)が刊行されました。
文庫書き下ろしで、ベストセラーとなった多くの人気シリーズをもつ出版社です。

深川佐賀町の裏店に住まう棒手振りの八五郎は、平凡かつ地味な男。人並外れた影の薄さが悩みの種だが、独り身ゆえの気楽な貧乏暮らしを謳歌している。そんな八五郎は、ある夜、巷で噂の幽霊剣士「鳴かせの一柳斎」が旗本を襲う場に出くわす。物陰から固唾を呑んで闘いを見守る八五郎だが、一柳斎の正体が、隣の部屋に住まう浪人の雲井源次郎だと気づき――。影と秘密は江戸の華!? 期待の新鋭が贈る、書き下ろし傑作時代小説。

(『実は、拙者は。』カバー裏の紹介文より)

時代は享保八年(一七二三)。
江戸深川佐賀町の裏店市蔵店に独りで住んでいる、棒手振りの八五郎。齢二十二で、青菜を天秤棒に担いで売り歩くことを生業にしています。
ある夜、ちょいと一杯ひっかけて長屋に帰るところ、六人の侍と一人の浪人風の男が対峙しているところに出くわしました。

「抜け……刀を抜け……」
 主人と思しき中央の侍だけが、まだ刀を抜いていない。供回りの一人が鋭い声で不気味な浪人を怒鳴りつけた。
「面妖な奴め! こちらのお方を、市橋伊勢守様と知っての狼藉か!」
「抜け……刀を抜け……」
「問いに答えよ無礼者! さもなくば斬るぞ!」
「抜け……刀を抜け……」
 浪人はさっきから同じことしか言わない。
 
(『実は、拙者は。』 P.11より)

黒い面頬で素顔を隠した浪人は、巷で話題の謎の幽霊剣士、「鳴かせの一柳斎」でした。あっという間に警護の侍を倒して、市橋が刀を抜くと、「鳴かなんだか」とぼそりと呟いて、「去ぬか? 死ぬか?」という台詞を口にしました。

市橋の右腕を軽く斬った一柳斎は、物陰から一部始終を見ていた八五郎に気づくことなく、夜の闇に消えていきました。面頬で顔を隠していましたが、八五郎は一柳斎が隣の部屋の雲井源次郎であることに気づきました。

「やっと見つけたぜ、八五郎。てめえ、永代橋のたもとにいるって長屋の奴らが言うから来てやったのに、いってえどこをほっつき歩いてたんだ」
 そう悪態をつかれた八五郎は、泣きそうな声で言い返した。
「さっきまで、大声を張り上げてこの通りを売り歩いてたよ。そっちこそ、俺はもう三遍も往来を行ったり来たりしてたのに気づかないなんて、あんたの目は節穴かい、親分」
 甚助と呼ばれた強面の男は、うるせえと言って八五郎を小突く。
「はあ? 俺だってさっきから、てめえを捜して三遍もこの通りを行ったり来たりしてたんだぞ。てめえの売り声なんてひとつも聞こえなかったが」
「俺はちゃんと声出してたよ……なんで誰も気づいてくんねえんだ」
 
(『実は、拙者は。』 P.42より)

八五郎の最大の悩みは、影の薄さ。目立ってなんぼの棒手振りが不向きなばかりか、甚助からは「その影の薄さを生かして八ツ手小僧の手下にでもなってみたら」と軽口を叩かれます。八ツ手小僧は最近江戸の町を騒がしている大泥棒で、盗みに入った商家に、八ツ手の葉の焼印を押した木札を残していくことからその名がつきました。

実は八五郎は、その影の薄さを生かして、定廻り同心が私的に飼っている「犬」と呼ばれる間者を務めていました。普段は町中で普通に暮らし、犯罪に関するうわさや幕府のご政道批判や打ち毀しの相談といった、世間を騒がせるような不穏な動きを聞きつけて同心に密告するのです。

ある日、近所の長屋に住む飾り職人藤四郎の娘・浜乃が借金のかたに売り飛ばされるかもしれないという話で大騒ぎに。十九歳の浜乃は評判の器量よしで、陽気で気立てもよく男女問わず誰からも好かれていました。もちろん八五郎もその一人です。

しかし、藤四郎が両替商の尾黒屋につくった五十両という借財は、宵越しの銭を持たない貧乏人ばかりのこの界隈では、人々の善意をいくら積み上げたところでどうこうできる額ではありません。

五十両なんていう大金は夢のように現実味のないものでしたが、八五郎は、一人で尾黒屋に忍び込んで浜乃を助け出すことを決意したのです……。

八五郎や源次郎だけでなく、本書の登場人物たちはみんな知られては困る「裏」の顔を持っていました。表の顔が伏線なら、裏の顔は真相とばかりに、物語の展開にあわせて、上質のミステリーのように伏線回収がなされていくのが快感です。
義賊に、忍びに、影御用、巷を騒がす幽霊剣士も登場する、ハチャメチャな展開ながら、ユーモアとペーソスが詰まった主人公の八五郎の人物造形もよく、一気読みさせられる面白さです。

著者は、これまでの作品では、歴史上の事件を新たな解釈で解き明かしたり、人物を取り上げて、その心情や行動を現代人が納得するような形で描いたりして、歴史小説の面白さを引き出してきました。
ところが、本書では歴史小説から離れて、オリジナルの登場人物が江戸で自在に躍動するという、時代小説の土俵で戦っている点でも良かったです。

白蔵盈太、恐るべし。
名刺代わりに放つ、超絶時代エンターテインメントの始まり始まり。

実は、拙者は。

白蔵盈太
双葉社・双葉文庫
2024年5月18日第1刷発行

カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:おおさわゆう

●目次
第一章 実は、それがしは。
第二章 実は、俺は。
第三章 実は、拙者は。
第四章 実は、私は。
第五章 てめえは、何物だ。
第六章 実は、貴様は。
第七章 実は、あの人は。

本文266ページ

文庫書き下ろし。

■今回取り上げた本


白蔵盈太|時代小説ガイド
白蔵盈太|しろくらえいた|時代小説・作家 1978年、埼玉県生まれ。 2020年、「松の廊下でつかまえて」(文庫刊行時に『あの日、松の廊下で』に改題)で、第3回歴史文芸賞最優秀賞受賞。 時代小説SHOW 投稿記事 著者のホームページ・SNS...