『火の神の砦』|犬飼六岐|文藝春秋
犬飼六岐(いぬかいろっき)さんの時代小説、『火の神の砦』(文藝春秋)を読みました。
著者は、2000年に「筋違い半介」で第68回小説現代新人賞を受賞してデビューし、2010年に『蛻(もぬけ)』で第144回直木賞候補に選ばれた実力派の作家です。
剣豪ものから捕物小説、青春小説、冒険小説、痛快文庫書き下ろしと、いろいろなタイプの時代小説を発表しています。今村翔吾さんが提唱した、「歴史作家の世代」というと、第6世代に含まれるかもしれません。
ときは戦国……
若き日の陰流の祖・愛洲久忠は幻の名刀を求めて、女だけの隠れ里へいたる。
神々の国、出雲に生まれる鉄と刀、生と死、愛と別れの新たな神話!(『火の神の砦』カバー折り返しの説明文より)
文明十一年(1479)夏、奥出雲横田荘。
愛洲久忠(あいすひさただ)は、横田八幡宮の門前で開かれた六斎市にやってきました。六斎市とは、室町時代から、斎日にちなんで月に6回行われるようになった定期市のことです。
出雲はもとより鉄の産地として名高く、なかでも横田荘のある仁多郡は良質の砂鉄が採れることで知られていて、市でも鉄器、鉄具の多さで目を引いていました。
久忠は、そこで鉄製の品々を打っていた女の前に立ちました。
女は膝先に広げた筵のうえに鉈や鎌、用途ごとに形の異なる鍬や鋤を雑然と並べ、膝元には三本、ぼろ布を巻きつけた三尺ほどの長さの棒状のものを横たえていました。
「尋ねるが、その膝元のものは太刀か?」
「へえ、さようで」
女がうつむいたまま、小さくうなずいた。
「見たところ、打刀のようでもあるが」
「へえ、さようで」
「おざなりを言うな。太刀か、それとも、打刀か?」
「さあ、どっちでございましょう」と女が首をかしげた。「てまえは頼まれて売りに来ただけで、太刀やらなにやらと言われてもようわかりません。包丁じゃないのはたしかですが」(『火の神の砦』P.6より)
伊勢の海賊衆として育った久忠は、全国を歩き巡る中で、因幡国の港町青屋の木賃宿で、この世にあるはずのない青江の新刀を見て、その太刀を打った者を求めて、雲南各地の六斎市、三斎市を訪ねて回っていたのでした。
久忠は、横田の六斎市で太刀に興味を持つ、謎めいた若侍・山中又四郎と知り合いになり、市で太刀を売って村に帰る百姓女の跡をつけることに。
ところが、女に尾行していることを気づかれて、遠回りをさせられたうえに、逆に襲われてしまいました……。
「まるで白い池だな」
又四郎が言いながら、久忠のとなりに立った。あるいは小さな雲海と言うべきかもしれない。そそり立つ峰や尾根の起伏に囲まれた擂鉢のような地形に濃い霧が溜まり、その底にあるものを白く厚く覆い隠している。
「なるほど、出雲、神が造ったか」
(『火の神の砦』P.52より)
争いで怪我を負った女を助けて、村までの案内を請うた二人は、ようやく村にたどり着きましたが、そこは女だけが暮らす隠れ里でした。
久忠は理想の太刀に出合うことができるのでしょうか?
日向・鵜殿岩屋で開眼して、陰流を開いたといわれる流祖の愛洲移香斎久忠の若き日の冒険を描いた歴史時代小説。
太刀づくりのリアルな描写、隠れ里での二人の若者の日常と女たちとの交流、又四郎の正体など、面白さがてんこ盛りの戦国エンターテインメント小説です。
後に陰流を開き、剣聖上泉信綱に伝授したとも言われる、久忠の剣技も目の当たりにできます。
愛洲移香斎久忠を描いた時代小説では、藤沢周平さんの短編集『決闘の辻 藤沢版新剣客伝』に収載された「飛ぶ猿 ― 愛洲移香斎」や、好村兼一さんの『影流開祖 愛洲移香 日影の剣』などがあります。
火の神の砦
犬飼六岐
文藝春秋
2024年3月31日第1刷
装画:西のぼる
装幀:中川真吾
●目次
六斎市の女
霧の底
青江鍛冶
鉄の川
火花
本文261ページ
書き下ろし。
■今回取り上げた本