『北の御番所 反骨日録【十】 ごくつぶし』|芝村凉也|双葉文庫
昨年度(2023年)「時代小説SHOW」の「時代小説ベスト10」【文庫書き下ろし部門】で1位に推した芝村凉也(しばむらりょうや)さんの「北の御番所 反骨日録」の最新刊が出ました。
『北の御番所 反骨日録【十】 ごくつぶし』(双葉文庫)は、北町奉行所の隠密廻り同心の裄沢広二郎(ゆきざわこうじろう)を主人公に据えたシリーズ第10弾です。
「北の御番所 反骨日録」シリーズの推しポイントとして、以下をコメントしました。
反骨同心・裄沢の仏心と鬼神のような推理、
予測不能の展開が楽しめる神回の連続。
今いちばん面白い奉行所小説だ!
御小納戸役の旗本・酒井家の厄介叔父である隆次郎が元飯田町の古物商を訪れ、売り物の書画を突然破り捨てた。被害に遭った古物商は訴え出なかったものの、他でも同様の所業に及んでいる疑いが生じたたため、隆次郎は小伝馬町の牢屋敷に留め置かれているという。部屋住みとして静かに暮らしていた男は、何故そのような騒動を起こしたのか!? 内命を受けた隠密廻り同心の裄沢広二郎は探索を開始するが――。やさぐれ同心・裄沢の洞察力がさえ渡る、書き下ろし痛快時代小説、人気シリーズ第十弾!
(『北の御番所 反骨日録【十】 ごくつぶし』カバー裏の紹介文より)
隠密廻り同心の裄沢広二郎は、内与力の唐家から、元飯田町の古物商で、旗本酒井家の厄介叔父隆次郎が暴れたという話を聞きました。
古物商で出た損害について、暴れた男の実家である旗本が取り合ってくれないとか、逆捻じを喰らって困っているとかではく、旗本家のほうで弁済を申し入れても見世側で固辞して、金品いっさいを受け取ろうとしないと言います。
しかも隆次郎は、ほかでも同じように、書画を無言で破り始めたことから、奉行の小田切土佐守が牢屋敷に留め置くことにしたと。
隆次郎はどういう書画を何のために破ったのでしょうか?
裄沢は、まず、元飯田町の古物商谷刻堂を訪れました。主の鉢右衛門は隆次郎は訴え出てはいないのに、なぜ町方が来るのか、警戒していました。
「ここで暴れた男の実の兄が、どのようなお役に就いておるかは知っておろうな」
「御小納戸だと伺っております」
「そは、公方様のご身辺近くで仕えるお役ぞ。いまだその者の屋敷で住み暮らす実弟の振る舞いを、迷惑を蒙った相手が訴え出ぬからと言ってそのまま放置しておけると思うか」
「お役人様のおっしゃるとおりならば、なぜに町方のほうからお尋ねがありますので?」
「ここに目付が参って、有無を言わさぬ取り調べをしたほうがよかったか?」
(『北の御番所 反骨日録【十】 ごくつぶし』 P.41より)
目付が扱うことになれば、その下役の徒目付か小人目付がやってきて、かなり厳しい調べになるために、鉢右衛門は裄沢の調べを拒む術がないことを理解しました。
裄沢が調べるを始めると、意外な事実が明らかになり、裄沢は事件の裏に隠された真相に迫ります。
第二話の「島帰りの男」では、裄沢のもとに、増上寺界隈を縄張りにする香具師の元締、仲神道の以蔵の子分、六の字が相談にやってくるところから始まります。
六の字は、かつて北町奉行所で小者として働き、裄沢とも深いかかわりがある三吉を兄貴分と慕っていました。
三吉に何かあったのでしょうか?
気がかりな裄沢ですが、今のところ自分にできることはないと言いながらも、非番月となる来月になれば動けるようになると、六の字と連絡がつくようにと命じました。
本書の読みどころの一つは、小さな糸口から思いもかけないような事態に発展していくストーリー展開が楽しめること。
普通の三廻り同心(定町廻り、臨時廻り、隠密廻り同心)なら、聞き流して気にもしないことを、裄沢は心に留めておき、最初からすべてを見通していたのかと感嘆させられる鬼神のような洞察力が十分に味わえる点にあります。
この話でも、香具師の世界での小さな話は、大藩を巻き込んだスケールの大きな話に進展していきます。
第三話の「昔の罪」は、裄沢家の下働きで、以前に料理茶屋で庖丁人をつとめていた重次の様子がおかしいことから、事情を訊いた裄沢は、とある騒動に関わっていきます。
本書の読み味の良さに、奉行所内ではやさぐれ同心と言われながらも、友や身内、仲間に対して、偉ぶることがなく親身で相談に乗り、丁寧で行き届いた裄沢の振る舞いも挙げられます。
剣術は不得手ですが、それを補う以上に知恵が回り弁も立つ、新しいヒーロー像に惚れ込んでいます。
今回も展開が読めない面白さを堪能した後の、最後の四行に、衝撃が走りました。
読み進めるたびに面白さが募っていく本シリーズ。
気になります。あぁ、早く続きが読みたい! 次巻も神回かも。
北の御番所 反骨日録【十】 ごくつぶし
芝村凉也
双葉社・双葉文庫
2024年4月13日第1刷発行
カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人
●目次
第一話 ごくつぶし
第二話 島帰りの男
第三話 昔の罪
本文305ページ
文庫書き下ろし。
■今回取り上げた本