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馬琴の時代に貸本屋を営むおせんの奮闘を描く時代ミステリー

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『貸本屋おせん』|高瀬乃一|文藝春秋

貸本屋おせん高瀬乃一(たかせのいち)さんの時代小説、『貸本屋おせん』(文藝春秋)は、実は二度読んでいますが、当サイトで紹介し損ねていました(てっきり、アップしていると勘違いしていました。しかも、単行本が手元で見つからずにKindle版を入手し、この原稿を作りました)。

著者は、2023年、本書で、第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞しました。

第100回オール讀物新人賞を満場一致で受賞した著者が、満を持して送り出す初の作品集。選考委員の村山由佳氏が”読み終えるなり「参りました」と呟いていた”と選評に記した受賞作「をりをり よみ耽り」の世界を5篇の連作で展開する。
物語の舞台は、文化年間の江戸浅草。女手ひとつで貸本屋を営む〈おせん〉の奮闘を描く。盛りに向かう読本文化の豊饒さは本好きなら時代を超えて魅了されることでしょうし、読本をめぐって身にふりかかる事件の数々に立ち向かう〈おせん〉の捕物帖もスリルに富んでいます。

(『貸本屋おせん』Amazonの説明文より)

文化六年(2年前に永代橋崩落事故があった)。
福井町千太郎長屋に暮らす、せんは二十四、貸本を高荷に収めて、得意先を回る『貸本梅鉢屋』を営んでいます。

版木彫りの職人だった父は、公儀を愚弄する内容の読物『倡門外妓譚(しょうもんがいぎたん)』を彫った咎で、版木すべてを削られて、指を折られてしまい、二度と彫りにたずさわることを禁じられてしまいました。母はどこかの男と姿を消しました。
女房に愛想をつかされ、彫り以外の職につくことを拒み酒におぼれた父は、せんが十二歳のときに自死してしまいました。

不器用ながらも母の残した仕立ての内職を受けながら、細々と生計を立てていたせんは、幼馴染みで野菜の棒手振りの登に誘われた五年前の甲子の縁日に、『源氏小鏡』という一冊の本に出合ったことから、運命が大きく変わりました。昼夜を忘れてその本を書き写し、出来上がった本の奥付に、『和漢貸本 梅鉢屋』と記し、貸本屋を始めたのです。

せんは、本好きの得意先の紹介で、膨大な蔵書をもつ、大筒屋燕ノ舎を紹介されました。大筒屋を訪れると、小料理屋の入り婿で絵師の燕ノ舎は、家出をしてしばらく帰っていないと。せんは、女将のみすゞに蔵書の写本をさせてもらう許可を得て、大筒屋に通います。

「ひさしぶりに家に戻ったら、蔵で本を写している女がいるっていうじゃねえか。女房が敷居をまたがせるなんて、とんでもねえ別嬪かと思って見にくりゃあ、なんとも色気の薄いおなごでがっかりだわ」
「紅をさした女が、こんな蔵にいると思うあんたがおかしいんだよ」
「そりゃあ、そうだあ。おめえ、名は?」
「福井町のせん」

(『貸本屋おせん』Kindle版 29/211ページより)

禁書やワ印(笑い絵ともいう春本や春画のこと)も扱う梅鉢屋では、すべてに細工を施して、父の二の舞にならないよう、隠密同心の手先を警戒していました。

ところが、ある夜、千太郎長屋に戻って、提灯の火を消そうと足を止めたとき、せんの部屋の前に、ほっかむりをして立っている男が立っていて、その指が腰高障子にかかっているのが見えました。

「だっ……!」
 声がのどの奥に詰まって出てこない。ふるえる手から提灯が落ちた。火が紙に燃えうつる。
 振り返った男の手に、匕首が握られていた。
 押し込みだ。燃える火に照らされた刃が、蛇のようにめらめらとうごめいている。
 男は無言のまま、せんに向かって突進してきた。
 
(『貸本屋おせん』Kindle版 44/211ページより)

本書は、サスペンスタッチの短編「をりをりよみ耽り」(第100回オール讀物新人賞受賞作)をはじめ、一話完結の連作形式で五編を収録しています。

「版木どろぼう」は、当代人気随一の曲亭馬琴の新作の版木が盗まれた事件を、せんが追います。事件の裏には、二年前に起こった永代橋崩落事故がありました。
ミステリータッチで展開していくストーリーに引き付けられるとともに、開板を手掛ける地本問屋など、当時の出版事情が活写されています。

「幽霊さわぎ」
大店の団扇問屋の主人が亡くなった通夜に、死んだ夫のすぐ横で房事にふける女房と手代。死んだはずの主人が眼をかっと開き、天井を睨みつけました。女房は失神し、手代は恐れおののき念仏を唱えはじめ、奉公人たちが駆けつけて、密通が露見します。

一連の騒ぎは瓦版によって面白おかしく書き立てられて、団扇問屋の後家お志津を描いた錦絵が流行り、せんも、売子の隈八十から1枚仕入れることができましたが……。

ミステリータッチの怪談話。

「松の糸」では、日本橋の刃物屋の惣領息子公之が一目惚れした、目黒の老舗料理屋の娘お松との恋が描かれています。

「『雲隠』……分かるだろう? 貸本を営むおまえさんなら」
「いったいどういうことです?」
「お松は、それを探し出してくれたら、一緒になってもよいとよいというんだよ」
「冗談いわないでくださいな。源氏物語の『雲隠』のことをおっしゃるなら、どだい無理な話ですよ。あれはこの世にあるかどうかも分からぬ幻の帖ですから」

(『貸本屋おせん』Kindle版 141/211ページより)

「雲隠」は『源氏物語』五十四帖の巻名の一つで、「幻」と「匂宮」の間にあるとされますが、巻名だけが伝えられて、本文は伝存しない幻の巻です。

求婚をする公之介に、鈴木晴信の美人画が出てきたようなお松は、「雲隠」を探し出してくれたらと言いますが、それは体よく断るために言ったのでしょうか?

「火付け」は、仮宅で営業中の吉原の妓楼から足抜けをしたお針の娘小千代の行方追う者たちを描いたサスペンスタッチの話です。

「日延べ見料はきっちり頂かないとね」と地獄の果てまで追いかけると言われているせんには、小千代に嫁した式亭三馬の『両禿対仇討(ふたりかぶろついのあだうち)』の写本をどうしても取り返さなければならない理由がありました。

幼馴染みの青菜売りの登や、せんの父親代わりの地本問屋南塲屋六根堂の主・喜一郎、千太郎長屋の住人のおたね、あらゆる書物を仕入れてそれを別の本屋へ売り歩いて利ザヤを稼ぐ売子の隈八十ら、多彩な人物がせんにかかわり、その仕事や暮らしを助けます。

本書は、一編一編趣向を凝らしたストーリーに加えて、正義感が強くて勝気でお侠なおせんの魅力が横溢している魅力的な時代小説です。

何よりも、曲亭馬琴や葛飾北斎らが活躍した、文化文政期の本の流通事情が生き生きと描かれていて、本好きにはたまらない作品。まだ、1作のみですが、著者の計り知れない創作パワーを感じ、今後が楽しみでなりません。

貸本屋おせん

高瀬乃一
文藝春秋
2022年11月30日第1刷発行

装画:長田結花
装丁:関口聖司
地図:上楽藍

●目次
第一話 をりをりよみ耽り
第二話 版木どろぼう
第三話 幽霊さわぎ
第四話 松の糸
第五話 火付け

初出
「をりをりよみ耽り」 「オール讀物」2020年11月号
「版木どろぼう」 〃 2021年6月号
「幽霊さわぎ」 〃 2021年11月号
「松の糸」 書き下ろし
「火付け」 書き下ろし

Kindle版211ページ

■今回取り上げた本

高瀬乃一|時代小説ガイド
高瀬乃一|たかせのいち|時代小説・作家 1973年、愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学部を卒業。 2020年、「をりをりよみ耽り」(『貸本屋おせん』に収録)で第100回オール讀物新人賞を受賞し、2022年に『貸本屋おせん』でデビュー。 2...