『大江戸墨亭さくら寄席』|吉森大祐|祥伝社文庫
吉森大祐(よしもりだいすけ)さんの『大江戸墨亭さくら寄席』(祥伝社文庫)は、噺家の修業をする若者を描いた青春時代小説です。
2017年に幕末の漫才コンビを描いた『幕末ダウンタウン』で第12回小説現代長編新人賞を受賞し、デビューした著者。2020年には、江戸落とし噺の元祖・三笑亭可楽が誕生するまでを活写した『ぴりりと可楽!』で第3回細谷正充賞を受賞しました。
現代的で軽快なタッチで、寄席と時代小説の面白さが満喫できる作品を発表し、新しい読者を開拓している気鋭の作家です。
両国橋の袂で駆け出しの噺家小太郎は唖然とした。胸に響く声と話芸で聴衆を沸かせていたのは、幼馴染の代助だったのだ。三年ぶりの再会に、代助は妹のお淳が重い病で二十両必要だと漏らす。破天荒で人を屁とも思わぬ十六歳だが、妹にだけは滅法優しい。二人は診療代を稼ごうとうるも四苦八苦、小太郎は師匠で江戸随一の噺家仙遊亭さん馬を担ぎ出そうとするが……。
(『大江戸墨亭さくら寄席』カバー裏の説明文より)
天保十四年、初夏。
十二の年に浅草鳥越の噺家の仙遊亭さん馬の弟子となった小太郎は、十五歳になっていました。
その日、小太郎は前座の休演で、代わりに開演前の高座に上がる機会をもらいましたが、前座噺の〈平林〉を演ろうと口を開けたとたんに言葉に詰まり、一言も喋れずに固まってしまい、頭の中が真っ白になる、失態をしましました。
「なんだ、なんだ、だらしがねえ」
「三年も修業してそれか、鳥越はどんな躾をしているものか」
などとさんざん悪口を叩かれたが、どうしようもない。
仲間の奉公人が楽屋の隅に小太郎を連れていき、
「しっかりしろよ。お前さんは、真面目に過ぎるんだ――。もうちょっと気楽にやれ」(『大江戸墨亭さくら寄席』P.12より)
とんでもないしくじりを犯し、それから小太郎はおかしくなり、師匠宅での下働きでも失敗ばかりで暗い顔をしていました。
おかみさんの使いに出た小太郎は、両国橋の東詰めの広場で、『墨亭さくら寄席』と名乗り、あからさまな公儀への批判を胸のすく啖呵であげつらう辻噺をする少年が、多くの見物を集めているのに出くわしました。よく見ると少年は、小太郎が奉公に出る前、子どもの頃に住んでいた貧乏長屋櫻長屋の住人代助で、幼馴染でした。
代助は一つ年上で、おとなしかった小太郎と正反対で、近所のガキを集めて喧嘩やら悪戯やらをしていた乱暴者。二つ下の妹お淳には滅法やさしい兄でもあります。
呼子笛が鳴り響く中、岡っ引きとその手下らが人ごみに飛び込み、両国橋の東詰めは大混乱に。小太郎も揉みくちゃされ、気が付くとおかみさんから預かっていた手紙に土産、それに自分の紙入れまで、すべてを失くしていました。掏摸にやられたのです。
放心している小太郎の前に代助が現れます。三年ぶりの再会を果たした小太郎は掏摸に遭ったことを代助に告げると……。
奉公先が見つからない代助は、かっぱらいや掏摸ぐらいしか生計を立てるあてがなく、重い病をもつ妹を名医に見せるために二十両が必要。
お淳に淡い恋心を抱く小太郎は、代助に協力して二人で「墨亭さくら寄席」を始めますが、お金を集めるのはなかなか大変で……。
不良を気取りながらも愛する妹のために我流で無茶をする代助と、小太郎の真面目でヘタレぶりの対照的な二人が繰り広げる騒動の数々。小太郎の先の見えないことへの苦悩、そして一途に芸に打ち込む姿に感動を覚えます。
厳しくも人情味あふれる指導で小太郎を育てる師匠の仙遊亭さん馬や、そのおかみでしっかりもののおりん、下総佐倉藩堀田家に仕える洋医の佐藤泰然らが、若い二人に温かい目を向けます。
佐藤泰然は、長崎に留学し、江戸では「和田塾」を開いている洋医。麻酔薬を使わない外科手術に成功し、息子には松本良順がいて、順天堂大学の基礎を作ったことで知られています。
各章のタイトルには、古典落語の題名が配され、その噺が物語に織り込まれていて、落語の門外漢にも落語の面白さが伝わってくる落語小説です。
噺家が語る落語のように、笑わせて泣かせます。お淳を加えた三人の成長が楽しみな、続編が読みたくなる青春時代小説です。
大江戸墨亭さくら寄席
吉森大祐
祥伝社 祥伝社文庫
2023年7月20日初版第1刷発行
カバーデザイン:大岡喜直(next door design)
カバーイラスト:おおさわゆう槇えびし
●目次
序
第一席 妾馬(めかうま)
第二席 景清
第三席 風の神送り
第四席 転失気(てんしき)
第五席 寿限無
解説・縄田一男
本文355ページ
文庫書き下ろし
■今回紹介した本