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明治歌舞伎青春譚。一座の危機に大舞台で女形を演じる「女」

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『女形と針子』|金子ユミ|小学館文庫

女形と針子金子ユミさんの文庫書き下ろし時代小説、『女形と針子(おんながたとはりこ)』(小学館文庫)は、明治の歌舞伎一座で芝居に懸ける若者を描いた、青春時代小説。

著者は、2018年にライトノベル『アナタを瞳でつかまえる! 天然女子はカメラアイ⁉』(マリーローズ文庫)でデビューし、大正時代を舞台にした学園ミステリー『千手學園少年探偵團』シリーズ(光文社キャラクター文庫)で注目される、新進作家です。

全国を回り旅芝居を続ける傍流歌舞伎一座「花房座」。座頭の長女である百多(ももた)は亡き母に代わり裏方の仕事を一手に担い花房座を陰から支えていた。百多の頑張りもあり、一座の評判は上々。ついに東京の大きな芝居小屋での興行が決まった。しかしそんな中、人気の若女形である弟の千多(せんた)が失踪してしまう。千多なしで次の興行は成り立たない。急遽、百多が弟に化け舞台に立つことになるが、運悪く衣裳屋の職人・暁(あかつき)に正体が露見してしまい――。女形の「女」と針子の「男」。一座の危機を救うため、秘密を共有した百多と暁が大舞台に挑む。明治歌舞伎青春譚、ここに開幕!

(『女形と針子』カバー裏の紹介文より)

明治二十年(1887)ごろの東京。
全国を回り歌舞伎興行を続けている「花房座」は、総勢十三人の小ぢんまりとした旅芝居一座ながら、座頭の花房三山(さざん)や立女形の田之倉一之(いつの)をはじめ実力派の役者を揃えています。東京の官許小屋の多家良座(たからざ)から、一座での出演を依頼されました。

ところが、多家良座に向かう、その日に若女形で花房千之丞を名乗る、三山の息子千多が突然失踪しました。千多は二代目一之を襲名する話もあり、花房座を新たに盛り立てていくであろうことが期待されていました。

千多の行方を捜す二人を除いて、一座の者は日本橋蛎殻町にある多家良座に足を踏み入れました。千多の二つ上の姉で十九歳の百多は、客のいない空っぽの舞台の上で、『本朝廿四孝』の八重垣姫の台詞を口に出してしまいました。

「セン様?」
 場内に若い娘の声が響いた。百多の声が、喉の奥にぎくりと引っ込む。知らず、八重垣姫の台詞を口に出していたのだ。しまった。聞かれた。百多は急いで後ずさった。いつの間にか人が入ってきていたのだ。
「セン様、セン様でしょう?」
 場内を駆けてくる軽い足音がする。「お嬢様」というあわてた女の声も上がった。
「セン様、わたくしです、諏訪の劇場でお会いしましたでしょう、馨子です。赤木馨子」

(『女形と針子』 P.26より)

馨子は、千之丞を推しにしている貿易商の令嬢で、百多を千之丞と間違えています。
百多は急いで舞台袖の衣裳部屋に隠れますが、そこには、衣裳屋の職人(針子)の平間暁がいて、百多が千之丞の偽者であることが露見します。

 場内に若い娘の声が響いた。百多の声が、喉の奥にぎくりと引っ込む。知らず、八重垣姫の台詞を口に出していたのだ。しまった。聞かれた。百多は急いで後ずさった。いつの間にか人が入ってきていたのだ。
「セン様、セン様でしょう?」
 場内を駆けてくる軽い足音がする。「お嬢様」というあわてた女の声も上がった。
「セン様、わたくしです、諏訪の劇場でお会いしましたでしょう、馨子です。赤木馨子」

(『女形と針子』 P.26より)

芝居がやりたくて、役者になりたいと思いながら、女であるがゆえに、裏方仕事するしかなかった百多。一座の窮地に、百多は千多の代わりに千之丞に扮して、多家良座の舞台に立つことになります。

「一番大切なもんを持ってる。役の芯からの肚だ。振りを丁寧にやれば、ずいぶん良くなるだろうよ」
 そして、一之は茂吉を見た。
「土下座して芝居をよすか、センの代わりを出すか。どっちも地獄なら、モモを出したらどうだい、頭」
「だが、女は」
「だからセンに化けてもらうしかないだろうよ。この子は今から花房千多。千之丞だ」
「女」になるために、「男」になる? 百多だけでなく、全員が呆然と一之を見つめた。
 この時、この瞬間から、花房百多が“花房千之丞”になった。

(『女形と針子』 P.56より)

しかし、当時は女が歌舞伎の舞台に立つことは一切認められず、多家良座の多家良座座元も女が舞台に出ることを許しません。千之丞が女であることが露見したら大変です。

また、多家良座のライバルで張り合う歌舞伎一座の武蔵屋は、花房三山とも昔に何か因縁があるらしく……。

目線、首の角度、手足の姿勢、指先すべてで、女よりも女らしく演じる女形。
百多が『本朝廿四孝』の八重垣姫の一途な恋心、乙女心ををいかに演じていくのでしょうか。ハラハラとドキドキが交互に襲ってきて、ページを繰る手に力が入ります。

エンターテインメント時代小説で、架空の芝居小屋の設定ですが、芝居の場面が丁寧に描写され、臨場感豊かに伝わってきて、物語に引き込まれました。

明治二十年ごろの演劇改良会の動きなど当時の世相も巧みに物語に織り込んでいて、おすすめの明治歌舞伎青春小説です。

女形と針子

金子ユミ
小学館 小学館文庫
2023年11月12日初版第1刷発行

カバーイラスト:板津匡覧
カバーデザイン:bookwall

●目次
一 千多
二 八重垣姫
三 海賊娘
四 お七
五 百多

本文329ページ

文庫書き下ろし

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『女形と針子』(金子ユミ・小学館文庫)

金子ユミ|時代小説ガイド
金子ユミ|かねこゆみ|小説家 2018年、『アナタを瞳でつかまえる! 天然女子はカメラアイ!?』でデビュー。 『千手學園少年探偵團』シリーズなど、ライトノベルを中心に活躍し、2023年、『女形と針子』で時代小説デビュー。 時代小説SHOW ...