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いじめに遭った少女お葉は、命の尊さを知り、患者に向き合う

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『お葉の医心帖』|有馬美季子|角川文庫

お葉の医心帖有馬美季子さんの文庫書き下ろし時代小説、『お葉の医心帖』(角川文庫)が出ました。

著者は、2021年に料理時代小説の「はないちもんめ」シリーズ(祥伝社文庫)と旅籠ミステリーの「はたご雪月花」シリーズ(光文社文庫)で、第10回日本歴史時代作家協会賞文庫シリーズ賞を受賞しました。文庫書き下ろし小説で活躍する、期待の作家の一人。

本書は、著者初の江戸医療小説。江戸の医療事情や漢方医術などに関する知識も必要で、難しいジャンルのひとつです。
一方で、医療小説は人情物や捕物との親和性もあって、面白い時代小説も少なくありません。
さて、本書は?

「お父つぁん、おっ母さん、もうすく私もいくからね」
流行り病で両親を亡くし、奉公先のいじめに耐えきれず、川に身を投げたお葉。だが、気づくと町医者・道庵のもとで親身な介抱を受けていた。お葉はずっと醜いとののしられ、すぐには人の優しさを信用できなくなっていた。
しかし、患者への真摯に向き合う道庵の診療を手伝ううちに、人の真心を学び、成長してゆく――。江戸の人情が涙を誘う、感動必至の時代医療小説!

(『お葉の医心帖』カバー裏の紹介文より)

ある夜、十六歳のお葉は、暗い川面を見つめた末に、川に飛び込みました。
奉公先の呉服問屋でお嬢様とお内儀様に、四年間いじめられ続けて、心が壊れてしまったのでした。

 ――お父つぁん、おっ母さん、もうすく私もいくからね。
 胸の中で呟きながら、お葉の意識は次第に薄れていった。
 
(『お葉の医心帖』 P.6より)

お葉は、植木職人の娘として巣鴨に生まれ、両親と慎ましく暮らしていました。
ところが、今から四年前の文政二年(1819)に流行った痢病(赤痢)で両親を喪い、一人残された十二歳のお葉は、伯母夫婦の紹介で大店の呉服問屋に奉公することになりました。

ところが、その奉公先で、お内儀とその娘から、執拗にいじめられます。
不細工、うすのろ、貧乏人……。お葉の容姿や生まれ育ちを蔑むような言葉を平然とぶつけられ、水やお茶、味噌汁などをいきなり顔にかけられたり、叩いたり、蹴ったりのいじめも加わって。

また伯母夫婦は、五年間のただ働きの条件で、お葉を呉服問屋に売ったことがあとでわかりました。

お葉は一人で思い悩み、次第に気鬱になっていき、心は痛み、壊れかけていました。
奉公先の娘からは「あんたは私の下女なんだから、一生、好きなように使ってやるわ」と言われ、お葉は一生、下僕のように扱われ、虐げられるに違いなく、行く末を考えれば考えるほど、絶望感に苛まれました。死んだ方が幸せになれる、あの世で両親に会えると、川へ飛び込んだのでした。

しかしながら、お葉は五十過ぎの町医者道庵に助けられ、神田須田町にある診療所の養生部屋で寝ていました。その夜、道庵は夜釣りに出かけていて、川に飛び込んだお葉を助けたのだと。

「大丈夫みてえだな。よかったぜ」
 お葉はゆっくりと瞬きをしながら、茫と思った。
 ――助かった。……助かってしまったんだ。
 そう気づいた途端に、胸が、握り潰されるかのように苦しくなった。
 ――どうして死ねなかったんだろう。私は、お父つぁんとおっ母さんのもとへ行くことも許されないのだろうか。

(『お葉の医心帖』 P.12より)

死ぬことを許されなかったお葉は、声を出さずに泣くばかり、口を閉ざして、道庵が用意した薬も粥も受け付けず、心を閉ざしていました。

親戚や奉公先の人々から蔑ろにされてきたお葉は、厚意で自分を助けて、治療し養生させてくれている道庵や、親身な介抱をする産婆のお繁のことが信じられず、何か裏があるのではと思っていました。

道庵のもとで養生を続けるお葉は、患者と真摯に向き合う道庵を見て、道庵から少しずつできること頼まれていくうちに、次第に道庵を信じ、医術、とくに薬草のことに興味をもつようになっていきます……。

本書は連作形式で構成されています。

第一章は、自死するまでに追いつめられたお葉が再生していく物語。ただ人を救いたいと尽力する道庵とお繁の姿に胸が熱くなります。

第二章では、肌が酷くかぶれて、真っ赤になってしまった八歳の娘お澄が母親と一緒に診療所にやってきました。お葉は、その肌ゆえにいじめられたお澄に同情しながら、丁寧に薬を患部に塗ってあげました。道庵とお葉が調べていくと、お澄の皮膚の病には思いがけない事情があり……。

第三章では、北町奉行所の定町廻り同心の野木謙之助が短刀で腹を刺されて、診療部屋に運び込まれました。謙之助は、財布を掏られたお爺さんを助けようとして、掏摸に向かっていって刺されたといいます。
ミステリータッチの話で、事件の意外な顛末に、お葉は目を丸くし、熱いものが込み上げてくるのでした。

医療小説では、主人公である医者(もしくは手伝い)は患者の病や怪我だけでなく、生死に深く関わっていきます。そのため、ギリギリの精神状態まで追いつめられる患者とその家族も登場します。
本書の第四章でも、そういった一組の家族が描かれています。

お葉は、人の生き死に関わる場面で激しく緊張したり、動揺したりしながらも、道庵の手助けをしているうちに、患者の気持ちに寄り添いたいと思うまでに成長していきます。
投身した命を救われたお葉だからこそ、人の命の尊さを知ることができるのです。

今も、学校や職場でいじめに悩む人はいると思います。
本書は、悩んでいる人たちに、ぜひ読んでほしい作品です。
この本で、大切なことに気づいてもらえればと願っています。

著者は、本書で新しい可能性の扉を開きました。楽しみな時代小説の誕生です。
一読者としてお葉の成長を見守っていきたい、道庵の診療所の物語の続きを読みたいと切に願っています。

お葉の医心帖

有馬美季子
KADOKAWA 角川文庫
2023年11月25日初版発行

カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:アルビレオ

●目次
第一章 壊れた心
第二章 繊細な肌
第三章 男たちの懐
第四章 決意の時
終章

本文312ページ

文庫書き下ろし

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『お葉の医心帖』(有馬美季子・角川文庫)
『はないちもんめ』(有馬美季子・祥伝社文庫)
『旅立ちの虹 はたご雪月花』(有馬美季子・光文社文庫)

有馬美季子|時代小説ガイド
有馬美季子|ありまみきこ|時代小説・作家 2016年、『縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』で時代小説デビュー。 2021年、「はないちもんめ」シリーズ、「はたご雪月花」シリーズで、第10回日本歴史時代作家協会賞文庫シリーズ賞を受賞。 時代小説...