『ダ・ヴィンチの翼』|上田朔也|創元推理文庫
上田朔也(うえださくや)さんの歴史ファンタジー小説、『ダ・ヴィンチの翼』(創元推理文庫)を紹介します。
著者は、2020年、「ヴェネツィアの陰の末裔」で第5回ファンタジイ新人賞佳作を受賞し、2022年同作が創元推理文庫から刊行され、作家デビューをします。
そして、同年の第5回細谷正充賞を受賞した、エンターテインメント小説界期待の新進気鋭の作家です。
本書は、デビュー2作目(受賞後第1作)となります。
治癒の力をもつ少年コルネーリオが命を救った男は、フィレンツェ共和国の要人であるミケランジェロの密偵だった。故国を救おうと、レオナルド・ダ・ヴィンチが隠した兵器の設計図を、密かに探していたのだ。コルネーリオと、かつてかれが命を助けたフランチェスカも加わった一行はてがかりを追うが……。『ヴェネツィアの陰の末裔』の著者が描く歴史ファンタジイ決定版。
(『ダ・ヴィンチの翼』カバー裏の紹介文より)
1529年3月、フィレンツェ近郊のトスカーナ。
13歳の少年コルネーリオは、渓流の沢で、右肩のすぐ下に矢が刺さっていて、左の腕と脇腹に斬られた傷がある、大怪我をしている男を見つけました。
負傷して敵から逃げているところで、急な斜面を滑り落ちたに違いなく追手の気配も感じられました。
コルネーリオは、再び男を見下ろし、その手を取って脈を診ました。まだ生きていて、今すぐ傷を癒せば助かるかもしれません。
莫迦なことを考えるな、とコルネーリオは首を振った。血のついた剣を見て、それから、男の手を見る。ざらついて硬い皮膚は、武人の手だ。たくさんの人の生命を奪ってきたに違いない。こうして何者かに追われて殺されようとしているのも、自業自得だ。助ける必要なんてない。
けれども、立ち上がろうとしたときdった。男の手がコルネーリオの腕をつかんだ。「頼む――」熱っぽいうわごとのような声で、男はささやいた。「頼む、やつらから秘密を守ってくれ――」
(『ダ・ヴィンチの翼』 P.11より)
不思議な治癒の力をもつコルネーリオは、その男アルフォンソを助けました。
アルフォンソは、刺客に追われ、黒衣の騎士と戦って怪我をし、渓谷の上から落ちた記憶はありましたが、目を覚めると粗末な部屋にいました。
助けてここに連れてきたという少年の言葉で、初めて自分の怪我の状態を意識し、驚愕しました。痛みはありますが、傷はふさがっていて、血も止まっていたのです。
「まさか――お前が治したのか?」
少年は何も答えなかった。だが、表情がそうだと語っていた。
「魔術師なのか?」
(『ダ・ヴィンチの翼』 P.21より)
アルフォンソは、イタリアを代表する芸術家で、フィレンツェ共和国の軍事九人委員会の委員であるミケランジェロの密偵で、任務を遂行中に、フィレンツェに敵対しているヴァチカンとハプスブルクの手の者に襲撃されたのでした。
刺客らに追われるコルネーリオとアルフォンソは、近在の大農園主のオリヴィエ―ロに助けを求めました。匿ってもらい、フィレンツェのミケランジェロへ遣いを送るように。
コルネーリオは、かつて、オリヴィエ―ロの愛娘フランチェスカの命を助けたことがあったのでした。
その夜に、ミケランジェロ本人とともに四人の男たがオリヴィエ―ロの屋敷に現れます。
ミケランジェロらは、レオナルド・ダ・ヴィンチが残したという兵器の設計図を探していて、アルフォンソが命を懸けて持ち帰ったマキアヴェッリの手記には、暗号詩が記されていました。
誰も解けなかった暗号詩の謎を、十三歳のフランチェスカでしたが解き明かし、コルネーリオとフランチェスカ、そしてミケランジェロとオリヴィエ―ロを除く男たちは暗号詩が指し示したヴェネツィアへ向けて出発しました。
天才ダ・ヴィンチの残した兵器の設計図を求めて、少年と少女はロールプレイイングゲームのように旅に出ます。
男たちの中には、フィレンツェの援軍であるフランスの二人の密偵も含まれていました。
アルフォンソを瀕死の状態にまで追い詰めたハプスブルクとヴァチカンの刺客、黒衣の騎士ヴァイデンフェラーと“死の天使”と呼ばれる僧形の男サリエルが、一行の跡を追います。
さらにはヴェネツィアの魔術師も加わり、ダ・ヴィンチの秘密兵器を探す旅は混沌として、予測困難な展開に……。
15世紀のイタリアの歴史をベースにしたこの物語は、当時の政治情勢を背景に、同時代のミケランジェロやダ・ヴィンチ、マキアヴェッリら実在の偉人を絡めて、リアリティーのあるファンタジーが繰り広げられていきます。
特別な力をもつことに悩みと葛藤を抱えながら、命を助けたアルフォンソとフランチェスカへの特別な思いを抱える、コルネーリオの成長も描かれています。
ファンタジイについては門外漢ですが、エンターテインメント時代小説として大いに楽しめました。端正な筆致でありながらも、魅力に満ちた、著者のファンになりました。
信頼と正義、冒険心を育み、知的好奇心を満たす作品で、読書を愛する大人はもちろんですが、10代の子どもたちにぜひ読んでほしい、おすすめの一冊です。
あとがきに、創作時のエピソードが明らかにされていました。
「魔力の持ち主には世界がどう見えるのか、ということを、きちんと描きたいという思いでした」
そこで、著者は主人公を三度にわたって書き直したそうです。
回り道でしたが、この取り組みが本書を一層面白くしています。
次の作品を楽しむ前に、『ヴェネツィアの陰の末裔』を読みたいと思います。
(デビュー作でこの著者に目を付けた、細谷正充さんもすごい!)
ダ・ヴィンチの翼
上田朔也
東京創元社・創元推理文庫
2023年9月15日初版
カバーイラスト:斎賀時人
カバーデザイン:長崎綾(next door design)
●目次
なし
本文381ページ
文庫書き下ろし。
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『ヴェネツィアの陰の末裔』(上田朔也・創元推理文庫)
『ダ・ヴィンチの翼』(上田朔也・創元推理文庫)