『北の御番所 反骨日録【八】 取り違え』|芝村凉也|双葉文庫
芝村凉也(しばむらりょうや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『北の御番所 反骨日録【八】 取り違え』(双葉文庫)紹介します。
本書は、北町奉行所の用部屋手附同心の裄沢広二郎(ゆきざわこうじろう)を主人公に据え、奉行所内外の出来事や人間関係をリアルに描いた「奉行所小説」の第8作です。
裄沢は、内勤の用部屋手附同心ながら、卓越した推理と洞察力で、事件の真相に迫るとともに、それゆえに奉行所内で悪目立ちする存在。
知的好奇心がくすぐられ、痛快無比なとっておきの結末も用意され、これまでになかった新しい捕物シリーズとなっています。
お役への復帰を指示された用部屋手附同心の裄沢広二郎は、元小者の三吉から、悪名高い御用聞きによる無道な捕縛の目撃譚を聞かされる。その御用聞きを使っているのは、かつて隠密廻りに登用されたこともある臨時廻りの安楽吉郎次だという。同輩から安楽の経歴と人となりを聞いた裄沢は、安楽より出された入牢証文発行申請を手許に留め置き、一計を案じる。書き下ろし痛快時代小説シリーズ、待望の第八弾!
(『北の御番所 反骨日録【八】 取り違え』カバー裏の紹介文より)
前巻で描かれた辻斬り事件の責めを負って、病を理由に自主的な謹慎をしていた、定町廻り同心の来合轟次郎と裄沢広二郎に、奉行直属の内与力の深元より、町年寄の樽屋をめぐる厄介な指図がありました。
次の町年寄と目されている吉五郎が二十六になり、周囲も吉五郎に後を継がせようとうるさく動くなかで、当代の十二代目に隠居を先延ばしするよう、説得してもらえとのこと。何ゆえ、そのような指図がなされたのでしょうか?
江戸の町家は、奈良屋、樽屋、喜多村の三家の町年寄によって纏まられていました。老中や町奉行が江戸の町家に意向を行き渡らせようとする際には、この町年寄→町名主→地主→(大家→)一般の町人、という流れで通達がなされたと。
裄沢は、町年寄と密接なつながりをもつ町奉行の期待にこたえられるのでしょうか?
「(前略)道を歩いてると裏店のほうから何やら騒いでる声が聞こえてきまして。でえぶ剣呑そうだったんで、ちょいと覗いてみたのでございます。すると、おそらく仕事から帰ったところだったのでしょう、職人姿の男が、御用聞きに取り押さえられてるとこでした。職人のほうは『俺は何もやっちゃいねえ』と喚いてるし、女房子供らも『うちの父ちゃんが悪いことなんぞするはずがない』としきりに訴えてましたが、御用聞きのほうは全く耳を貸す様子もなく、子分どもにふん縛らせて引っ立てようとしてました」
「御用聞きが? ――その場に、町方は?」
(『北の御番所 反骨日録【八】 取り違え』 P.114より)
裄沢は、探索を何度も手伝ってもらったことのある元小者の三吉から、「くちなわ」と呼ばれて忌み嫌われている御用聞きの権太郎が「何もやってねえ」と盛んに言い立てている職人を捕縛したという話を聞きました。
その際に、裄沢が三吉に聞き返したのは、本来御用聞きには咎人と思わしき者を捕縛する権限は与えられていなかったからです。縄を打つ行為は、町方や火付盗賊改方など、取り締まりに携わる役人から指示を受けて初めてできることでした。
権太郎に手札を与えていたのは、かつて隠密廻り同心として「鬼の安楽」と呼ばれるような厳しい人だった、北町奉行所の臨時廻り同心の安楽吉郎次でした。ところが……。
本書の魅力の一つに、奉行所内の人間関係がリアルに描かれている点が挙げられます。
事務方の同心ながら、花形である町廻り同心のように、次々に事件を解決したり、不正をする役人を退治したりで、町奉行の覚えも良ければ、嫉妬したり、足を引っ張ろうとしたりする者も当然のように出てくるもの。
そういう身内にいる敵の存在まで描き込まれた、この「奉行所小説」は、人気の警察小説に匹敵する、今の読者を惹きつける面白さがあります。本書もその期待を裏切りません。
北の御番所 反骨日録【八】 取り違え
芝村凉也
双葉社・双葉文庫
2023年8月9日第1刷発行
カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人
●目次
第一話 樽屋十三代目
第二話 取り違え
第三話 陥穽
本文315ページ
文庫書き下ろし。
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『北の御番所 反骨日録【一】 春の雪』(芝村凉也・双葉文庫)(第1作)
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