『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』|北原亞以子|朝日文庫
北原亞以子さんの長編時代小説、『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』(朝日文庫)を紹介します。
朝日文庫の復刊企画と勘違いしてしまい、新刊からから1年遅れとなってしまいました。スミマセン(ペコリ)。
著者は、1989年に『深川澪通り木戸番小屋』を発表し、注目を集め、作品はシリーズ化されました。1993年に『恋忘れ草』で第109回直木賞を受賞し、歴史時代小説の分野で女性作家が活躍できる場を広げていきました。2013年に75歳で死去。
元南町奉行所同心の隠居・森口慶次郎の前に、かつて愛娘の三千代を暴行し自害に追い込んだ憎き男が名前を変えて、再び現れる。男の悪行を止めようとする娘、翻弄される女たち。裏長屋を舞台に、男の怨念と赦し、人生の哀歓を描いた傑作長編、初の文庫化!
(『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』カバー帯の紹介文より)
「慶次郎縁側日記」は、1998年9月に第1集『傷』が刊行されました。娘を失って復讐の鬼と化した「仏の慶次郎」を描いた第一話の「その夜の雪」は、短編集『その夜の雪』(新潮社、1994年刊)にも収録されました。
『傷』に収載された第二話の「律義者」は、五年後に舞台を移して、娘の許婚だった男を養子に迎えて定町廻り同心の職を譲り、根岸にある酒問屋の寮番(別荘の管理人)となって、飯炊きの佐七と二人暮らしを始めて穏やかな日々を送っているという設定です。
以前に『傷』を読んだときに、2つの話の間のギャップが気になっていましたが、そのギャップを埋めるのが本書『雪の夜のあと』でした。この作品は、1996年3月~11月まで「週刊読売」に連載され、1997年7月に読売新聞社から単行本が刊行されました。
出版元の違いなどから、新潮文庫では刊行されず、今回が初の文庫化となります。
文庫新刊時(2022年8月)に、当サイトで誤って復刊扱いとして紹介してしまい、申し訳ありません。お詫びいたします。
慶次郎は、黙って雪に背を向けた。慶次郎の娘、三千代は、常蔵に犯されて命を絶った。晃之助との祝言を間近に控えた日のことだった。
仏と呼ばれていた定町廻り同心、森口慶次郎は、その日から鬼となった。三千代の衣服ばかりか心までも引き裂き、命を奪い取った男を叩っ斬ろうと、役目を放り出して常蔵の探索に当たったのである。
常蔵は、荒れた海の音が轟く築地明石町にいた。慶次郎は、刀を引き抜いて常蔵に迫った。邪魔さえなければ常蔵を斬り捨てて、慶次郎が裁きをうけていた筈だった。(『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』P.68より)
五年前、慶次郎は娘の命を奪った仇・常蔵を追い詰めながらも、岡っ引の天王橋の辰吉によって遮られて、おかげで養子となった晃之助に同心の職を譲り、まもなく孫の顔を見ることも叶うと。ところが、常蔵に対しては、いまだに割り切れない思いがどす黒い澱のように腹の底によどんでいました。
常蔵と娘のおとしは、諏訪町の裏長屋に、喜平次とおぶんと名を変えて暮らしていました。おぶんは、喜平次に堅気になり、塩売りとして働いてほしいと塩屋に話をつけてきましたが……。
どうして俺が、今すぐ思い荷をかつがにゃならねえ――。
世の中には、女にもてる者ともてない者がいるように、働くのが苦にならない者と苦になる者がいる。おぶんは苦にならない女で、喜平次は、躯にひびが入るのではないかと思うほど、働くことがつらいのだ。なのに、喜平次を怠け者と罵るのは不公平というものではないか・
(『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』P.113より)
男振りながら、働くことが嫌いで、女のこと以外は万事にだらしない喜平次は、娘のおぶんにとって悩みの種、ところが、そんな喜平次を、十四の息子をもつ寡婦のおたきと古道具屋の箱入り娘のおりょうが惚れて、喜平次を立ち直らせることができるは自分だと思い込んでいた。
理屈では割り切れない、男女の仲、親と子のしがらみを情感豊かに描いています。
テレビドラマ化された「慶次郎縁側日記」の原作を楽しみたい方はもちろ、時代小説の名手の傑作をしみじみと味わいたい方におすすめの一冊です。
雪の夜のあと 慶次郎縁側日記
北原亞以子
朝日新聞出版・朝日文庫
2022年8月30日第1刷発行
カバー装幀:albireo Inc.
カバー装画:はぎのたえこ
●目次
貌
生まれつき
小春日和
親心
秘密
三人三様
娘と娘
追いつめる
三年前
雪となる
雪解け
解説 大矢博子
本文466ページ
単行本『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』(読売新聞社・1997年7月刊)
■Amazon.co.jp
『雪の夜のあと 慶次郎縁側日記』(北原亞以子・朝日文庫)
『傷 慶次郎縁側日記』(北原亞以子・朝日文庫)
『深川澪通り木戸番小屋』Kindle版(北原亞以子・講談社文庫)
『恋忘れ草』(北原亞以子・文春文庫)