『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』|和久井清水|光文社文庫
和久井清水(わくいきよみ)さんの明治ミステリー、『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』(光文社文庫)紹介します。
初の時代小説『かなりあ堂迷鳥草子』で注目される著者は、2015年、第61回江戸川乱歩賞候補となり、宮畑ミステリー大賞特別賞を受賞した、ミステリーを得意とする作家さんです。
著者は、内田康夫さんの遺志を継いだ「『孤道』完結プロジェクト」の最優秀賞を受賞し、2019年に『孤道 完結編 金色の眠り』でデビューし、浅見光彦シリーズの最終作に誰もよそう予想しなかった結末を付けました。
本書は、内田康夫財団公認の浅見光彦シリーズ番外編です。明治を舞台にして、浅見光彦のご先祖様の浅見元彦が探偵役をつとめています。
時は明治。浅見元彦は代言人試験に落ちた。無聊をかこっていると、謎解きを頼まれたという友人の内田紫堂から、「うまくいったら金になる」と誘われて共に高知へ向かう。着いた早々、紫堂の依頼人が死んでいると大騒ぎになるが、その姿が忽然と消え、事態は紛糾する――。
名探偵・浅見光彦のご先祖様も名探偵だった!国民的人気シリーズのスピンオフが登場です!(『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』カバー裏の紹介文より)
時代は明治二五年(1892)ごろ。
銀座の煉瓦街の二階屋に下宿する浅見元彦は、代言人(弁護士)試験に落ちて、無聊をかこっていました。浅見の下宿を友人の内田紫堂(うちだしどう)が訪れて、紫堂の友人亀井新九郎から届いた封筒を見せながら言いました。
「ちょっとした謎解きを手伝ってくれないか、というんだ」
と、手紙をひらひらさせる。
「謎解き? なんだいそれは」
「わからん。『友達の探偵くんをぜひ連れてきてくれ』と書いてある。うまくいったら二人分の旅費は十分に出るそうだ」
「友達の探偵? 僕のことなのか?」
(『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』 P.18より)
去年の夏、紫堂の父親が西洋料理店で食事をしていた際に、ちょっとした隙に鞄を盗まれて困っているところに遭遇した浅見が、挙動不審な人物がいることに気が付き、その風体から駅前にいた新聞売りが盗人だと目星を付けて、無事に鞄を取り戻してやったという出来事があり、いたく感激した紫堂の父親が浅見を探偵のようだと絶賛したのでした。
二人は、紫堂の友人亀井が居るという高知の緒智村(おちむら)の質店へ謎解きの旅にでることに。
新橋駅から神戸まで汽車で行き、神戸港から高知・浦戸までは蒸気船に乗り、緒智村の最寄りの佐川村まで馬車で行くという二日以上かけての移動をしました。
馬車に乗り合わせた農業に従事しているらしい夫婦者からミョウガのお寿司を振る舞われ、行き先を聞かれました。
「それで、おまんらはなにをしに佐川村に行くがかえ?」
「馬車が佐川までしか行かないというので、そこで降りますが、目的地は緒智村です。友達に遊びに来いと言われたので」
すると夫婦者は急に眉を曇らせ、気のせいか浅見たちから距離を置くようにわずかに身を引いた。
「あのう。どうかしましたか?」
「緒智村は行かんほうが、ええんやないかな」
夫の言葉に女性もうなずいている。(『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』 P.53より)
その夫婦は近隣の野老山村で代々百姓をしていて、緒智村を通って行けば今日中に家に帰れるが、回り道をして佐川村の親戚の家に泊めてもらうと言います。
「祟りが始まった」という意味のことを言い、ひどく怖がっていました
二人は佐川村で馬車を降りて、歩きで緒智村に入りました。村は予想に反して活気にあふれていました。
あたりで一際大きな構えの「棟形運送」で、福本質店の場所を訪ねたところ、主人の棟形知親が今から行くところだと案内を買って出しました。
棟形は、平知盛の子孫だと言い、ここは知盛が屋島の戦いで敗れた後に、従臣たちと一緒に落ちのびてきた終焉の地だと。
「村にはそういう落人の子孫はけっこうおるんじゃ。まあ、わしの先祖の家来ということじゃな。あの山の向こうには深い谷があってな」
棟形が顎で指した山は、紫堂の帽子と同じ形をした山だ。訊けば横倉山だと言う。
「平家の落人はそこに隠れ住んだんじゃ。それで昔はこの辺一帯を平家谷と呼んでいた」(『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』 P.62より)
福本質店に着いた早々、依頼人の亀井が頭から血を流して死んでいると知らせが。
しかも、発見したのが緒智村の平家穴で植物採取をしていた牧野富太郎でした。
ところが、巡査と質店店主が亀井の遺体を確認にを見に行きますが、遺体はどこにも見つかりませんでした。
遺体はどこに消えたのでしょうか?
依頼人の亀井は本当に殺されたのでしょうか?
そして、真実なら、何のために。だれに殺されたのでしょうか?
この事件は、鄙びた平家の落人の村で起きた惨劇の始まりでした。
頭が良くて誠実で優しい。役者にしたいくらいのイケメンという浅見元彦(光彦の祖先)が、東京帝国大学の学生で小説家志望の内田紫堂をバディに、謎解きをしていく物語の開幕です。
著者自身、「光文社文庫新刊エッセイ」で、元彦と紫堂のバディの誕生について書いていました。
若き日の牧野富太郎ばかりでなく、土地の実力者の棟形をはじめ、平家の落人の末裔という、ひと癖ある土地の者たちが登場し、事件とかかわりを持ってく展開にワクワクしました。
夫の嫉妬に苦しむ美貌の質店店主の妻の存在も物語に彩りを添えています。
明治という時代が作品でうまく描かれていて、自然に物語の世界に引き込まれました。
浅見光彦シリーズを知り尽くした著者らしく、内田康夫作品へのオマージュとなっていて浅見ワールドの世界観にニヤリとし、ファンならずとも謎解きが大いに楽しめる番外編です。
平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外
和久井清水
光文社・光文社文庫
2023年6月20日初版第1刷発行
カバーデザイン:長崎綾(next door design)
カバーイラスト:zunko
●目次
第一章 煉瓦街の下宿人
第二章 緒智村
第三章 七人ミサキ
第四章 横倉山
第五章 五人目そして六人目
第六章 平家穴
第七章 七人目の夜
第八章 帰京
本文296ページ
文庫書き下ろし。
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『平家谷殺人事件 浅見光彦シリーズ番外』(和久井清水・光文社文庫)
『かなりあ堂迷鳥草子』(和久井清水・講談社文庫)