『絵師金蔵 赤色浄土』|藤原緋沙子|祥伝社
藤原緋沙子(ふじわらひさこ)さんの歴史時代小説、『絵師金蔵 赤色浄土』(祥伝社)紹介します。
本書は、文庫書き下ろし時代小説を中心に、二十年にわたってトップランナーとして活躍を続ける著者の作家生活20周年記念作品です。
題材は、著者の故郷である土佐・高知の天才絵師金蔵(弘瀬金蔵)。
「絵金(えきん)」と呼ばれ、血の色を想起させる赤い色彩が特徴的で、土佐の人たちに今も愛され続けている絵師です。
幕末の動乱は土佐も大きなうねりで呑み込んだ。様々な思想と身分の差から生じる軋轢は、人々の命を奪っていった。金蔵はそんな時代に貧しい髪結いの家に生まれた。類まれなる絵の才能を認められ、江戸で狩野派に学び「林洞意美高」の名を授かり凱旋。国元絵師となる。
しかし、時代は金蔵を翻弄する。人々に「絵金」と親しまれながらも、冤罪による投獄、弟子の武市半平太の切腹、そして、土佐を襲う大地震……。金蔵は絵師として人々の幸せをいかに描く火に懊悩する。やがて、絵金が辿り着いた平和を願う究極の表現とは――。(『絵師金蔵 赤色浄土』カバー帯の紹介文より)
弘化元年(1844)二月、土佐国高知城下に『林洞意画塾』を構える絵師金蔵の家に、町奉行所の役人二人と捕り方の小者三人が突然やってきて、断りもなく土足で部屋に上がってきました。
「何するがぞ、人の家に土足は止めてくれ!」
金蔵は叫んだが、
「林金蔵、狩野探幽の贋作を掻き、多額の画料を受け取った罪軽からず、召し捕る!」
いきなり小者たちが飛びかかって来て金蔵の両脇から腕を掴み、畳に両膝をつけるよう力任せに押しつけた・(『絵師金蔵 赤色浄土』 P.10より)
金蔵はこの年三十三歳。江戸に出て表絵師筆頭駿河台狩野家から号の一字『洞(とう)』を授かり、土佐に帰国し『山内国宰画師』の一人として名を連ねる、土佐随一の絵師です。
狩野探幽の贋作を描いて販売したという罪を問われましたが、身に覚えがありません。
それは、半月ほど前に古物商の中村屋幸吉に所望されて描いた狩野探幽の『蘆雁図(ろがんず)』の模写で、確かに金蔵の筆によるものでしたが、模写が贋作だと断定されたのは、『蘆雁図』にある探幽の落款でした。
いったい誰があのような落款を押したのでしょうか。
金蔵はまた混乱しました。もちろん金蔵に覚えはありません。
狩野派の修業において、先達の絵を模写するのは修業のひとつで、とくに駿河台狩野家では、探幽の絵の模写は必須で、金蔵も模写の依頼を快く引き受けたのでした。
贋作の訴えは、さる家老の家中の者からで、金蔵はやってもいない罪を着せられて牢に入れられてしまいました。
牢内で金蔵は、名野川郷の百姓の逃散を扇動して捕まった老人と知り合い、差し入れの酒を二人で飲みました。
ぐいっと口許を腕で拭き取ると、今度はとっくりを口に当てて飲む。空きっ腹に酒は覿面、すぐに酔いが回ってきた。
「ふん、殺せるものなら殺してみろ」
独りごちた金蔵の頭から、次第に怒りや恐怖が遠のいていく。
情けない姿だと知りながら、金蔵は酒をまた口に流し込む。その時だった。
「鬼は外!……鬼は外!……福は内!……福は内!」
遠くから鬼遣らいの声が聞こえてきた。(『絵師金蔵 赤色浄土』 P.34より)
金蔵は十五年前の節分の夜、唯一の親友だった郷士の桑島辰之助と、己の望みを必ず成就させようと熱い志を誓い合ったことを思い出しました。
髪結いの子に生まれながら、物心ついた頃から父親との確執があって愛された記憶がない金蔵。父親に疎んじられていた金蔵は、店の外で絵を描いている時だけが幸せでした。
ある日、金蔵は、大きく羽ばたく鷹の絵を見た旅の老僧から声を掛けられました。
「しっかり太い枝を掴んでいるな。猛々しい鷹じゃ。だが横を向いて睨んだ目には不安がみえる」
「えっ……不安が……」
金蔵は鷹の目を見つめた。(『絵師金蔵 赤色浄土』 P.42より)
金蔵の絵は、同じ町内の豪商で南画家でもある仁尾順蔵の目に留まりました。
仁尾は南画の手ほどきをするとともに、金蔵が十六歳になったとき、土佐藩の国元の御用絵師・池添楊斎のもとで狩野派の絵を学べるように入門させてくれました。
そこで実力を開花させた金蔵は、十八歳となった年には師の池添も舌を巻くほどの腕になっていました。さらに仁尾の江戸に出て狩野派の絵を学ぶことに。
町人の出身ながら、国元絵師となり、家老の家の者となり、金蔵は同業の絵師から激しい妬みを買っていき、狩野探幽の贋作事件へと繋がっていきます。
金蔵の絵の愛弟子として、武市半平太が登場します。幕末の激動の中で絵から離れて藩政改革にまい進する半平太。その行く末に不安を感じますが、手を差し伸べることもできず、どうすることもできない金蔵。
背景には、土佐山内家の厳しい身分制が描かれていきます。
絵金の波瀾に満ちた生涯を描きながら、著者の彼に向ける眼差しはいつも温かくて、土地の人のよう。
なぜ、幕末の土佐に絵金が登場したのでしょうか。
なぜ、彼が残した芝居絵屏風は、血のような鮮やかさでおどろおどろしくも、人を惹きつけてやまないのでしょうか。
答えは本書の中にありました。
いつの日か、高知を訪れて絵金の絵を見たいと思いました。と思ったら、つい先週まで大阪のあべのハルカス美術館で「幕末土佐の天才絵師 絵金」が開催されていたんですね。
東京でも開催してほしいです。
絵師金蔵を描いた歴史時代小説に、木下昌輝さんの『絵金、闇を塗る』があります。
こちらもおすすめの一冊です。
絵師金蔵 赤色浄土
藤原緋沙子
祥伝社
2023年5月20日初版第1刷発行
装幀:芦澤泰偉
カバー絵
『浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森』(香南市赤岡町本町一区所蔵)
『蝶花形名歌島台 小坂部館』(香南市赤岡町本町二区所蔵)
『伊達競阿国戯場 累』(香南市赤岡町本町二区所蔵)
『花衣いろは縁起 鷲の段』(香南市赤岡町本町二区所蔵)
『伽羅先代萩』(香南市赤岡町本町二区所蔵)
●目次
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
第六章
第七章
第八章
本文288ページ
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『絵師金蔵 赤色浄土』(藤原緋沙子・祥伝社)
『絵金、闇を塗る』(木下昌輝・集英社文庫)