『悪貨 武商繚乱記(二)』|上田秀人|講談社文庫
上田秀人さんの時代小説、『悪貨 武商繚乱記(二)』(講談社文庫)紹介します。
元禄期の大坂を舞台に、武士と豪商たちの暗闘に立ち向かう、大坂東町奉行所のはみ出し同心の山中小鹿(ころく)の活躍を描いた「武商繚乱記」シリーズの第2弾です。
改鋳によって小判の価値が落ち、懐を直撃された武士は不満を募らせていた。大坂東町奉行増し役中山時春は町方同心山中小鹿を廻り方に抜擢、豪商淀屋の動向を監視させる。小鹿は淀屋の特別な仕事をして二倍の賃金を得たという人足に出くわす。探りを入れる小鹿にわけありの商人堺屋が助力を申し出るが。
(『悪貨 武商繚乱記(二)』Amazonの紹介より)
小鹿は、東町奉行所の筆頭与力和田山内記介の娘伊那を娶りましたが、結婚してからも幼馴染みと不義を働いた伊那を許すことができずに、和田山に突き返したことで、奉行所内では浮いた存在となっていました。
和田山との確執から増し役に出向を命じられた小鹿に目を付けたのが、幕府の目付から転じて大坂東町奉行増し役に任じられた中山出雲守時春でした。
「廻り方をしてみたいか」
「……廻り方でございますか」
町奉行所では、江戸であろうが、大坂であろうが、京であろうが、廻り方こそ花形であった。
「やってみたいとは思いまするが……」
小鹿はためらいを見せた。
「増し役では意味がございませぬ」(『悪貨 武商繚乱記(二)』 P.31より)
増し役は本役が足りないときに、それを補うために任じられる臨時の役目。今回は頼んだわけではなく幕府の意向で設けられたので、本役からすると縄張りを荒らす存在となります。
東町奉行増し役を出世の階段にしたい中山出雲守は、不義密通をされた傷はいつか癒えると、小鹿を廻り方に任じました。
廻り方同心に任じられてもすることがない小鹿は、大坂の町を徘徊するしかなく、土佐堀川の南岸をあてどなく歩いていると、旧知の商人・堺屋太兵衛と出会い、北浜の煮売り屋台で酒を酌み交わします。
と、そこに淀屋の人足が酒を飲みに来て、普段の倍以上の手間賃が入る仕事をしたと。
「特別な仕事」
「倍の手間賃」
小鹿と堺屋太兵衛が顔を見合わせた。
「碌でもない顔してはりまっせ」
「盗賊のような目つきだぞ」
堺屋太兵衛が小鹿の顔を、小鹿が堺屋太兵衛の顔を指さした。
「すんまへんなあ。今日はここまでに」
堺屋太兵衛が小銭を親父に渡して、屋台を出ていった。(『悪貨 武商繚乱記(二)』 P.56より)
大坂東町奉行所の同心の家に生まれて育った小鹿は、淀屋の特別な仕事というのに引っかかり、中山出雲守に報告をすることに……。
その頃、幕府は、勘定奉行の荻原近江守重秀の献策による小判の改鋳により、小判の価値が下落したことで、武士の暮らしは苦しくなる一方で、幕府の普請を承る御用商人は大躍進をしていました。
本書の魅力は、「ただ金銀が町人の氏系図になるぞかし」と井原西鶴の『日本永代蔵』で記された元禄の頃の、大坂の商人たちが活写されている点にあります。
昨年から家族の仕事の関係で、毎月のように、大阪に行く機会ができています。
その際に、淀屋橋近辺のホテルに泊まることが多くて、すっかりなじみ深くなった場所です。地名のもととなった淀屋橋の袂には、淀屋の屋敷跡・淀屋の碑が立っています。
本書には、豪商淀屋重當(じゅうとう)とその息子淀屋三郎兵衛辰五郎も登場し、物語で重要な役割を演じていて、興味深く読み進めています。
江戸時代の大坂を舞台にした時代小説は貴重な上に、大阪出身の作家によるこのシリーズは、その地に暮らす人々と土地柄が描き込まれていて、大いに楽しめます。
悪貨 武商繚乱記(二)
上田秀人
講談社・講談社文庫
2023年4月14日第1刷発行
カバー装画:西のぼる
カバーデザイン:田中和枝+フィールドワーク
●目次
第一章 大名の面目
第二章 金蔵の底
第三章 まがいもの
第四章 欠点を持つ者
第五章 化かし合い
本文294ページ
文庫書き下ろし
■Amazon.co.jp
『戦端 武商繚乱記(一)』(上田秀人・講談社文庫)
『悪貨 武商繚乱記(二)』(上田秀人・講談社文庫)
『新版 日本永代蔵 現代語訳付き』(井原西鶴著、堀切実訳注・角川ソフィア文庫)