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『信長公記』の著者が見た、織田一の男、丹羽長秀の秘密

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『織田一 丹羽五郎左長秀の記』|佐々木功|光文社文庫

織田一 丹羽五郎左長秀の記佐々木功(ささきこう)さんの長編歴史小説、『織田一 丹羽五郎左長秀の記』(光文社文庫)紹介します。

織田信長の重臣の中で、信長の存命時には抜群の活躍をしながら、本能寺の変後の言動が不可解で、光を失ったように見える人物に、丹羽五郎左長秀がいます。

多彩な織田家臣団の中で、「米五郎左」と呼ばれ、信長の治政の中で、誠実で堅実な仕事ぶりで、米のように欠かせない存在。
好きな信長の重臣の一人でした。どんな人物だったのでしょうか?

丹羽長秀を主人公とした長編の歴史時代小説を読んだことがなく、意外に知られていない人物です。
そういえば、大河ドラマ「どうする家康」でもなかなか登場しませんね。

「織田信長公死す」――本能寺が燃えおち、織田家中の誰もが右往左往するなか、「織田一の男」と謳われた丹羽長秀は何を思い、何を為すのか? 山崎の合戦、清州会議、賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦い――歴史の転換点で長秀が見せた不可解な言動の裏には、未来を見据えた深謀遠慮があった。『信長公記』の著者、太田牛一の視点から描かれた戦国秘史!

(『織田一 丹羽五郎左長秀の記』カバー裏の紹介文より)

寛永四年(1627)、大坂城が落城し豊臣家が滅んでから十二年。徳川秀忠が大御所として実権を握り、家光が三代将軍に就いているこの時期、徳川幕府は盤石の体制で隆盛期に入っていました。

そんな中で、天下一の猛将で、関ヶ原の戦後の振る舞い、幕府への忠節、大坂の陣での戦功など数々の功績がある立花宗茂に続き、秀忠の御伽衆だった丹羽長重が十万石の大名に返り咲きました。天下分け目の関ヶ原合戦で家康に敵対した西軍大名では二人目であり、以降もほかには出ていない厚遇です。

「権現様(家康)がご逝去前に、余を枕頭に呼び、打ち明けられた」

(中略)

「そ、そのような因縁が、徳川と丹羽にありましたとは」
 沈毅な利勝とも思えぬほど、その声が上擦っている。
「それでは、徳川に天下を取らせたのは、あの男、ということになりますな」
 
(『織田一 丹羽五郎左長秀の記』 P.9より)

秀忠は、政務を執る江戸城西の丸御殿の中奥御座之間で、老中筆頭の土井利勝に丹羽長重の加増の秘められた理由を告げました。

本書では、本能寺が燃え落ちた夏の朝(天正十年六月二日)から始まる秘話を、信長の近侍衆で『信長公記』の著者、太田牛一が語っていきます。

京都所司代村井貞勝から、織田信長が本能寺で明智の大軍に襲われて亡くなったことを教わった牛一は、命の危険を顧みず、ある人物に悲報を告げるべく大坂へ向かいました。

そのとき、織田一(おだいち)と呼ばれる丹羽長秀は、四国攻めの大将である信長の三男信孝を支える副将として大坂城に入っていました。

明智勢が哨戒し、落ち武者狩りをしている厳戒態勢のなかで、進退窮まっていた牛一は、都の豪商、大崎屋陣右衛門の大番頭市之助に助けられて、大坂城へと何とかたどり着くことができました。

大崎屋は商いで蓄えた莫大な資金を長秀に提供して、信長の仇を討ってもらいたいという望みがあり、市之助が牛一と同行していました。

畿内で唯一大軍を率いていて、明智に唯一対抗できるはずの信孝・丹羽軍でしたが、そこでは意外なことが起こっていました……。

本書では、本能寺の変後に起こった、信長の跡目争いである、山崎の合戦、清州会議、賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦いを描いていきます。

それぞれの場面での織田の息子(信雄、信孝)や、重臣である羽柴秀吉、柴田勝家、池田恒興らの言動を、牛一の目を通して綴っていくとともに、長秀が何を目指していたのかを鮮やかに描き出しています。

信長死後に果たした長秀の役割を解き明かす、歴史ミステリーとしても楽しめました。

信長が殺されて、織田家の勢力図が大きく変わっていく中で、筆侍の牛一がしばらく日記すら書いていないころに。

 この一寸先をも読めぬ、混迷。書いても明日変わるかも知れぬ日々を。
 書いて果たして意味があるのでしょうか。
「あの不世出の英雄と共に生きた我々しか見ていないことを、織田信長公のお姿を、そのすべてを余すところなく書くのだ。それは、太田、おぬしにしかできぬことぞ」
 痛い。
 丹羽様のその目は、私にとって痛いほど炯々と輝いておられました。

(『織田一 丹羽五郎左長秀の記』 P.207より)

牛一に、信長様のことを書くことがおのれの使命で運命だと頼む一方で、「わしのことは、書くなよ」とも言う長秀に、感動が波のように訪れました。

第九回角川春樹小説賞受賞作で滝川一益を描いた『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』、最近作で若き日の秀吉を描いた『たらしの城』と読み比べて、著者の創作術の幅を楽しむのも一興です。

賤ヶ岳の戦い後に柴田勝家の領地を得て百二十万石超の大大名になりながら、長秀の死後、跡を継いだ長重は四万石まで領地を減らされ続け、関ヶ原合戦では西軍について敗戦後には改易までされていました。

本書にも登場する丹羽長重とその重臣江口正吉を主人公に描いた小説には、箕輪諒さんの『うつろ屋軍師』があります。こちらもおすすめです。

織田一 丹羽五郎左長秀の記

佐々木功
光文社 光文社文庫
2023年4月20日初版第1刷発行

カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:山本祥子

●目次
序章 江戸城西の丸御殿 中奥御座之間
一章 大乱
二章 仇討ち
三章 分裂
四章 混迷
五章 胎動
追章 駿府城奥御殿 徳川家康臥所
解説 細谷正充

本文356ページ

単行本『織田一の男、丹羽長秀』(光文社、2019年5月刊)を改題

■Amazon.co.jp
『織田一 丹羽五郎左長秀の記』(佐々木功・光文社文庫)
『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』(佐々木功・時代小説文庫)
『たらしの城』(佐々木功・光文社)
『うつろ屋軍師』(箕輪諒・祥伝社文庫)

佐々木功|時代小説ガイド
佐々木功|ささきこう|時代小説・作家 大分県大分市出身。早稲田大学第一文学部卒業。 2017年、『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』で第9回角川春樹小説賞を受賞しデビュー。 ■時代小説SHOW 投稿記事 amzn_assoc_ad_type...