『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件』|鳴神響一|徳間文庫
鳴神響一(なるかみきょういち)さんの文庫書き下ろし現代ミステリー、『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件』(徳間文庫)を紹介します。
京都大学を出て、警察庁のキャリア官僚となり、刑事局刑事企画課の課長補佐として霞ヶ関で激務を執っていた朝倉真冬。6カ月前に突然、特別地方調査官に任命され、地方で発生した未解決殺人事件を調査し、当地の警察署内の不正を糺すことを命じられました。
本書は、警視という上級キャリア官僚にありながら、一人で潜入調査を行う真冬の活躍を描く、「警察庁ノマド調査官」シリーズの第3弾です。
第1作で北海道網走市、第2作で秋田県男鹿市、そして今回の舞台は山形県米沢です。
米沢城跡の内堀で撲殺体が発見された。被害者は、地元の観光開発業経営者。しかし、山形県警のずさんな捜査のせいで、発生から五カ月が経ちながら容疑者すら挙げられない。「地方特別調査官」の朝倉真冬は地元警察の不正を糺すべく、現地で内偵を開始する。被害者の周囲を探るうち捜査線上に浮かび上がるひとりの男。ところが彼には、事件当時東京にいたという鉄壁のアリバイがあった――。
(『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件』カバー裏の紹介文より)
今回、警察庁地方特別調査官の朝倉真冬が訪れたのは、山形県米沢市。
5月に米沢城址で発生した未解決殺人事件を調査し、山形県警と米沢丸の内署の腐敗を暴くことでした。
被害者は野々村吉春という65歳の会社経営者で、何者かに頭部を殴られて殺害され、米沢城址の内堀に浮かんでいたと。
真冬は米沢駅に降り立つと、まず、犯行現場を見分し、その後、近くの観光案内所に立ち寄りました。受付の女性に、取材のふりをして事件当夜のことを聞きました。
「あなた、なんで今年の五月七日のことを調べてるんですか」
男は腕組みして真冬を見据えた。
左右の瞳は不審感にあふれている。
「それは……」
もう少しようすを見てみようと真冬は思った。
「五月七日にそこのあずまで人が殺されたんです。あなた、そのことを知ってますよね」 ますます厳しい顔で男は訊いた。(『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件』P.38より)
事件の話を訊いたり、周囲の写真を撮ったりしていた真冬は、市内で米織の工房をやっていて、作品を置いてもらおうと観光案内所を訪れていた、篠原に行動をとがめられました。
篠原のお世話になっている方が被害者のお嬢さんで、お嬢さんの雪子は米沢市郊外の李山温泉で温泉旅館春雁荘の女将をやっていると。
温泉が大好きな真冬は、篠原の紹介で春雁荘に客として泊まることになり、車で送ってもらいました。
「とっても素敵な薄紅色ですね」
幼女の染まった頬を思わせる清潔な色合いだ。
「これは中くらいの紅色に染めたものです。もっと紅く染めるにはさらにたくさん紅花を使います。でも、わたしはこの色が大好きなんです」
雪子は言葉に力を込めた。
「よく似合ってますよ。なんか雪子さんのために染めた色みたい」
「篠原さんは紅花染の織物にいちばん力を入れているんです」(『警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件』P.103より)
真冬は同年代で境遇が似ている雪子とすぐに意気投合し、篠原が織った紅花染の作務衣をほめながら、警察の捜査があまり進まず、熱心さを感じられないことを訊き出しました。
そして、翌朝、山形県警本部の捜査一課の警部補二宮が、春雁荘にやってきたところから、事件が大きく動き始めます……。
「脳科学捜査官・真田夏希」など他の警察小説シリーズでは、ITやデジタル関連のことが重要な鍵を握る、現代感覚あふれる物語が楽しめます。
ところが、本シリーズでは、そうした要素を極力抑えて、鉄道や温泉、伝統文化、地元ゆかりの歴史上の人物や史跡などを物語に織り込み、作品の舞台の地に行きたくなるような旅情を誘います。
旅情ミステリーの定石を取り入れたストーリー展開で、安心して最後まで楽しめます。エピローグでは謎解きの爽快感に浸れます。
西村京太郎さんや内田康夫さんという大御所を失い、大きな穴が開いた旅情警察ミステリーのジャンルに強力な書き手が現れた感じ。
次回作では、真冬はどこの町に行くのか、楽しみがつきません。
もちろん、歴史時代作家の著者らしく、事件が起こった米沢の町とその歴史を紹介し、魅力が紙面から横溢しています。また一つ、行ってみたい場所ができました。
警察庁ノマド調査官 朝倉真冬 米沢ベニバナ殺人事件
鳴神響一
徳間書店 徳間文庫
2023年3月15日初版
カバーイラスト:爽々
カバーデザイン:アルビレオ
●目次
プロローグ
第一章 上杉の城下町
第二章 米織の誇り
第三章 紅花と太陽
第四章 嫌疑
エピローグ
本文301ページ
文庫書き下ろし
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