『たらしの城』|佐々木功|光文社
時代小説家、佐々木功(ささきこう)さんの歴史時代小説、『たらしの城』(光文社)を紹介します。
本書は、史上まれにみる立身出世を成し遂げた戦国武将・豊臣秀吉の魅力あふれる物語です。
秀吉というと、無謀で無慈悲な朝鮮出兵をした、晩年の天下人のイメージで描かれることが多いせいか、歴史時代小説においては、近年、あまり人気がなく、敵役として描かれることも少なくありません。
しかし、かつては吉川英治さんの『新書太閤記』や司馬遼太郎さんの『新史 太閤記』など、秀吉の生涯を描いた「太閤記もの」は人気で、百姓の子に生まれ、出奔放浪の末に、織田信長の草履取りから武将、ついには関白、太閤にまで成り上がっていくサクセスストーリーは、高度成長期の多くの日本人に愛されました。
織田信長の美濃攻めが始まる。斎藤龍興領の要衝、墨俣に一夜にして城をつくり、敵はおろか信長の度肝を抜いた藤吉郎の奇想天外な策略の数々とは?
そして、いつもその傍には野心家の兄を支える弟、小一郎の姿があった。
次々に加わる仲間たちと藤吉郎一家が力を合わせて乱世を生き抜いてゆく!(『たらしの城』カバー帯の紹介文より)
永禄三年(1560)八月。
齢二十七の織田信長は、五月に桶狭間の戦いで勝利すると、六月には西美濃に兵を出して斎藤家が守る稲葉山城奪取を目指しました。
ところが、手前の木曽川を越えての攻めは難しく、川向こうの敵勢に追い返されて、自軍の疲弊も激しく、攻めあぐねていました。
この地形。平野を大小の河川が流れ、行く手をさえぎっている。
こうしてみれば、稲葉山は、幾重もの堀に囲まれた不落城である。
(川が、邪魔だ)
信長はまた舌打ちする。
(『たらしの城』P.9より)
木下藤吉郎は、このとき、足軽組頭で、清州城の台所役薪奉行を任されるほどの出世をしていました。
とはいえ、小さな体、細い手足はで、いくさはからっきしダメで武功もありません。
一族郎党もおらず、従う小者もなく、つい先日まで尾張で百姓を生業にしていた弟の小一郎がただ一人の家来です。
猿には特別な力がありました。
猿顔でその容姿とひょうげっぷりはサルそのもので、「サアル、と呼んでくだされえい」と初見者へ挨拶して近づき、警戒を解いてしまうのです。
持ち前の柔らかな発想から出る智恵は、信長の目に留まり、前例や常識にとらわれない行動で成果を出して、出世街道を突き進んでいきました。
猿(藤吉郎)は、ある日、稲葉山攻めの糸口をつかむため、濃尾国境の木曽川沿いを歩いていました。信長のために、どうすれば美濃が獲れるかと考えながら。
そこで釣りをするまだ十代と思われる若者と出会います。
猿は、若者を間者かと警戒しながらも、信長のため、美濃攻略でなせることを探していると告げます。
「ちょうど川が交わる辺りがやや高く、砦として最適です。あそこを拠点とすれば、稲葉山城の喉元に刃を突きつけるようなもの。木曽川を渡って、砦を、いや城を築き、絶えず洲の俣に兵を置く。それがなせれば。美濃の力を分断することもできます」
若者は伸びやかに言った。
「うん、なるほど」
猿は真摯に頷きながら、内心苦笑している。
(『たらしの城』P.28より)
洲の俣(墨俣)は尾張と美濃を分ける境界であり、要衝です。
そこは、かつて、川を挟んで源行家と平氏が戦った地で、源頼朝の異母弟義円が討死した場所としても知られています。
斎藤家でも砦を置き、兵を詰めているので、まずは攻め取らねばなりません。
拠点を置くにしても、川向こうは敵地ですぐに大軍が攻めくることができます。
味方の援兵は川に阻まれて近寄れず、孤立して殲滅させられる可能性もあり、敵の真っただ中に単身で乗り込むようなものです。
「到底できぬと敵が、いや、万民が嘲るようなことが突然真になったとき、人は度肝を抜かれ、高く厚き壁も音を立てて崩れおちるのではないでしょうか」という若者の言葉に、猿はハッと息を呑み、「洲の俣」に城を築くことを考えます……。
墨俣一夜城(すのまたのいちやじょう)は、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が侍大将としての出世の階段を一気に駆けのぼっていく契機となる逸話です。
本書では、その過程が物語化されています。
次々に加わる個性的な仲間たちとともに、困難にぶつかり、意見を異にして対立しながらも、力を合わせて築城に臨みます。
何とも愉快、痛快で、秀吉の美質と異能ぶりが堪能でき、猿の「たらし」ぶりに読者も蕩けさせられるエンタメ時代小説です。
本書で、秀吉嫌いが少し払拭されました。
NHK大河ドラマ「どうする家康」では、ムロツヨシさんが演じる秀吉も楽しみです。
たらしの城
佐々木功
光文社
2023年1月30日初版1刷発行
装幀:泉澤光雄
装画:佐久間真人
●目次
第一章 考える猿
第二章 動く猿
第三章 かます猿
第四章 口説く猿
第五章 城をつくる猿
第六章 吠える猿
最終章 ほらを吹く猿
本文309ページ
書き下ろし
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『たらしの城』(佐々木功・光文社)
『新書太閤記』(吉川英治・吉川英治歴史時代文庫)
『新史 太閤記』(司馬遼太郎・新潮文庫)