『はじめての王朝文化辞典』|川村裕子著・早川圭子絵|角川ソフィア文庫
川村裕子(かわむらゆうこ)さんの歴史読み物、『はじめての王朝文化辞典』(角川ソフィア文庫)を紹介します。
女性を主対象とした、ライトノベルや漫画を除くと、平安時代を舞台にした時代小説は多くはありません。私もそうですが、どちらかというと苦手と感じる人も少なくないと思います。
現代とは比較のしようもなく、江戸時代とも社会や生活スタイルなど大きく異なり、馴染みが薄く、文化面でもことばに戸惑うことも少なくありません。
2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の放送開始に向けて、そんな苦手意識を払拭すべく、平安時代の基礎的な知識を知りたくて、本書を入手しました。
著者は、原文に加え、ふりがな付きの現代語訳や作品を味わうための細やかな解説が付き、初心者向けの古典入門シリーズ「ビギナーズ・クラシックス」の『更級日記』や『和泉式部日記』の編者で、学生に王朝文化を教える日本文学者です。
『源氏物語』や『枕草子』に登場する平安時代の貴族たちは、どのような生活をしていたのか? 物語に描かれる御簾や直衣、烏帽子などの「物」は、言葉をしゃべるわけではないけれど、ときには人よりも饒舌に人間関係や状況を表現することがある。家、調度品、服装、儀式、季節の行事、食事や音楽、娯楽、スポーツ、病気、信仰や風習ほか、美しい挿絵と、読者に語り掛ける丁寧な解説によって、古典文学の世界が鮮やかによみがえる読む辞典。
(『はじめての王朝文化辞典』カバーの紹介文より)
まえがきで著者は、王朝の生活について、まず、具体的な事柄を押さえ、それから、物や事柄が背負っている影の部分についても説明していくと書いています。
通常辞書というと、言葉の意味だけになりますよね。ただし、この本では、それらが表現の文脈のなかで、どのような影を背負っているか、についてもお話ししてあります。このがポイント。さまざまな事物は、その姿のなかに表現の奥行きを秘めてたたずんでいました。「物や事柄」は、言葉をしゃべるわけではありません。でも、饒舌に人の人の心や思いを語ってくれているのです。
(『はじめての王朝文化辞典』まえがき P.4より)
本書は、大きく4つのパートで構成されています。
1(本書ではローマ数字を使用)では、「王朝の空間」、つまり物語の主人公たちが生活する場である、屋敷の内部と外について、寝殿造りの内部や御簾、几帳など調度品を解説します。
日本画家の早川圭子さんの精細な挿絵が理解を助けてくれます。
御簾は現在のブラインドのようなものですが、光をさえぎるだけでなく、人と人との間をさえぎる役割も持っていました。
元服以降の男子は、女人がいる御簾のなかに入って女人と顔を合わせることは許されていません。(男性が御簾のうちに入ることは、はっきり書かれていなくても二人が結ばれたことを表していました。
うーむ、なかなか深いです。
2では、出産から教育、恋愛、結婚、葬送まで、王朝のライフ・サイクルについて話します。
王朝人が人生の節目節目で自分をしっかり見つめていたことがわかります。
3では、王朝人たちのファッションについて迫ります。
本書はどのパートからでも読むことができますが、1と3のパートを先に読むと、王朝人たちをビジュアライズ(視覚化)しやすいと思いました。
4では、王朝の日常生活について、1月から12月の儀式、食事、音楽、舞、娯楽、スポーツ、病気、信仰、風習が詳しく紹介されています。
本書は、ことばを「引く」辞典ではなく、王朝文化に親しむためにことばを「理解する」ための辞典となっています。
読む順は自由でも、通して読むことで、王朝文化がグンと身近になり、「光る君へ」だけでなく平安小説をうんと楽しみたくなりました。
早速、Kindle Unlimitedに入っている、阿岐有任さんの平安小説『籬の菊』を読んでみようと思います。
はじめての王朝文化辞典
川村裕子
角川ソフィア文庫
2022年8月25日初版発行
カバー絵:早川圭子
カバーデザイン:國枝達也
●目次
まえがき
1,王朝の空間
王朝の空間――家のなか
寝殿造り/寝殿内部/格子/御簾/屏風/几帳/御帳台/灯台
王朝の空間――家の外
築地/透垣/中門/牛車
2,王朝のライフ・サイクル
出産/出産後のセレモニー/五十日の祝い/男性の教育/女性の教育/元服/裳着/恋愛/結婚/葬送
3,王朝のファッション
男性の装束――束帯/男性の装束――直衣/男性の装束――狩衣/女性の装束――普段着/女性の装束――女房装束/色など――襲、出衣、出車/髪/化粧/薫り
4,王朝の日常生活
儀式
【一月】朝賀と小朝拝/大響と臨時客/小松引き、若菜摘みと白馬の節会/卯杖と卯槌/踏歌/賭弓/県召しの除目
【二月】釈奠/春日祭り/大原野祭り
【三月】上巳の祓/曲水の宴/石清水臨時の祭り
【四月】灌仏会/賀茂祭り
【五月】端午の節会
【六月】六月祓
【七月】七夕/盂蘭盆会/相撲の節会
【八月】月見の宴
【九月】重陽の宴
【十月】亥の子餅
【十一月】新嘗祭と豊明節会、五節の舞/賀茂臨時の祭り
【十二月】仏名会/追儺/御魂祭り
食事
粥、強飯、乾飯、屯食、餅/羹、刺身、干物、鮨、あぶり物/野菜類/果物、甘葛、餅餤、椿餅、環餅、酒
音楽と舞
箏、琴の琴、和琴、琵琶/笛、笙/青海波、胡蝶、陵王、納曾利
娯楽とスポーツ
雛遊び/碁、双六、物語、偏継ぎ/蹴鞠/鷹狩り
病気
病気全般、風邪/皰瘡/糖尿病/薬
信仰と風習
浄土経、阿弥陀仏、印相、末法/出家/斎院、斎宮/物詣で/方違え/物忌み/夢
参考文献のご紹介
あとがき
和歌索引
本文527ページ
本書は、『王朝生活の基礎知識――古典のなかの女性たち』(川村裕子、角川選書・KADOKAWA、2005年)を基として全面的に手を加えたもの。
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『はじめての王朝文化辞典』(川村裕子・角川ソフィア文庫)
『籬の菊』Kindle版(阿岐有任・文芸社文庫)