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260余年の平和を築いた家康の外交戦略を描く歴史ロマン

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『家康の海』|植松三十里|PHP研究所

家康の海植松三十里(うえまつみどり)さんの長編歴史小説、『家康の海』(PHP研究所)を紹介します。

2023年が幕を開け、1月8日からNHK大河ドラマ「どうする家康」の放送が始まります。
昨年に続き、多くの徳川家康本が刊行されていますが、家康の諸外国との交流、外交戦略に光を当てた小説は多くないのではないかと思います。

著者は、7年間の在アメリカ生活を経て、2003年に、日本人による最初の太平洋横断を描いた『桑港(サンフランシスコ)にて』で第27回歴史文学賞を受賞して注目を集めました。
その後も、日本海軍の基礎を作った幕臣・矢田堀景蔵の波乱に満ちた人生を描いた『群青 日本海軍の礎を築いた男』で第28回新田次郎文学賞を受賞し、日本と海外との交流に目を向けた人物を描くことに定評があります。

戦国を勝ち抜いた男の外交戦略がこの国を平和に導いた

西欧諸国の思惑、朝鮮との国交回復……
ウィリアム・アダムスと朝鮮貴族の娘・おたあの視点を交えて、徳川家康の知られざる姿を描く感動の歴史小説

(本書カバー帯の紹介文より)

肥前名護屋城の黄金の茶室で、正客の徳川家康に茶を立ててもてなしていた豊臣秀吉は、漢城の捕虜を乗せた船が港に入ってくるという知らせを受けて、大喜びして茶道具を放り出して港の船着場に出ました。

漢城陥落の報に続き上機嫌で、捕虜には王侯貴族の姫や妾など美女揃いと期待し、大名や家来たちに美女見物を呼びかけました。
いつの間にか船着場の広場は、諸大名とその家臣たちでいっぱいになり、お祭り騒ぎに。

ところが近づいてくる艀船に乗っているのは男ばかり。王侯貴族の姫らしき女は一人もおらず、歓声は落胆の声に変わり、秀吉も急に不機嫌になりました。

 秀吉は両手を打った。
「まあ、次の艀船には乗っていよう。皆々、しばし待つがよい」
 そして家康に身を寄せて言った。
「気に入った女がいれば、下げわたすゆえ、遠慮なく申し出よ」
 家康は、合戦のときには断固とした態度をとるし、必要であれば、人の命を奪うことも躊躇はしない。だが敵方の女を、わがものにする趣味はない。
 
(『家康の海』P.17より)

秀吉とは違う、家康の女性観が描かれています。
その女性観は、竹千代と呼ばれていたころの、母や祖母の強い影響があるとしていて、なかなか興味深いです。
著者の近著『家康を愛した女たち』には、母於大や祖母華陽院など、家康に影響を与えた七人の女性が描かれています。

二艘目の艀船に、三歳くらいの女児が乗っていて、上陸早々に小西行長の妻に渡されました。これが、後に熱心なキリシタンとなるおたあ(ジュリア)でした。

大勢の捕虜たちは、合戦続きで農村人口が減った農家の働き手となり、陶工などの技術者は自領に彼らの技術を導入しようと目論む大名によって連行されました。

それから、八年後。豊後国臼杵の黒島に、イギリス人ウィリアム・アダムスとヤン・ヨーステンらを乗せたオランダ船リーフデ号が漂着しました。

秀吉亡き後、五大老の筆頭をつとめる家康と、反徳川の石田三成、小西行長らとの対立が深まっています。
銃砲や火薬の原料の多くは輸入に頼っている中で、キリシタン大名はスペイン、ポルトガルと縁が深く、南蛮貿易が盛んな一方で、徳川家は著しく遅れていました。

アダムスとヤン・ヨーステンと謁見した家康は、布教を貿易の条件にするスペイン人に比べて、商取引だけを望むイギリス、オランダを好ましく思い、二人に力を貸すように求めました。

「竹千代、海に目を向けよ。たいがいの武将は陸地での合戦しか見ぬ。だが日本は、さまざまな文化や技術を、海の向こうの中華の国から取り入れた。海の彼方には、日本にはない優れたものがあるのだ」
 年を追うごとに、話題は天下国家の在り方に移り、外交論も教えられた。
「すべての合戦を勝ち抜いた者の手で、天下は統一されねばならぬ。そして仕上げが外交じゃ。諸外国に認められ、対等な友好関係を築いてこそ、国家としての権威が確立し、国内も長く治まる」
 
(『家康の海』P.85より)

家康は、人質時代に太原雪斎から天下国家のあり方と外国との交流の重要さを教えられ、ずっと心に刻んでいました。

秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)で貴族の母を殺されて、日本に連れてこられた少女おたあ。慶長五年、オランダ船リーフデ号で、日本にやってきったイギリス人船員ウィリアム・アダムス。
二人の外国人のドラマチックな人生を描き、かれらの視点を交えながら、家康の晩年に結実した外交戦略が描かれていきます。

本書を読み終わった後、ほかに誰も成し遂げることができない、二百六十余年にわたる平和の礎は、この家康でなければ築けなかったと確信しました。

家康の海

植松三十里
PHP研究所
2022年12月21日第1版第1刷発行

装丁:芦澤泰偉
装画:西川真以子

●目次
1章 漢城から肥前名護屋へ
2章 オランダ船来航
3章 それぞれの役割
4章 征夷大将軍宣下
5章 佐渡のキリシタン
6章 発端はマカオから
7章 伊達政宗への疑惑
8章 はるかな夢

本文316ページ

文庫書き下ろし

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『家康の海』(植松三十里・PHP研究所)
『家康を愛した女たち』(植松三十里・集英社文庫)

植松三十里|時代小説リスト
植松三十里|うえまつみどり|時代小説・作家 静岡市出身。東京女子大学史学科卒。出版社勤務など経て、作家デビュー。 2002年、「まれびと奇談」で第9回「九州さが大衆文学賞」佳作入選。 2003年、『桑港にて』で第27回歴史文学賞受賞。 20...