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幻の絵師写楽に恋心を抱く女と、時代を超える浮世絵の物語

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『写楽女』|森明日香|角川春樹事務所

写楽女森明日香(もりあすか)さんの長編時代小説、『写楽女(しゃらくめ)』(角川春樹事務所)を紹介します。

東洲斎写楽は、寛政六年(1794年)五月から翌年の寛政七年(1795年)一月にかけての約10カ月という短期間(寛政六年には閏十一月があった)に、145点余の作品を残し、突然に消えた謎に満ちた浮世絵師。

二百年以上経っても、知らぬ者がないほどの江戸を代表する絵師で、その作品は今も多くの人をひきつけてやみません。写楽という絵師は時代が生んだ幻なのでしょうか。

その謎に迫った本書で、著者は、2022年、第14回角川春樹小説賞を受賞しました。

寛政六年(一七九四)の春。日本橋通油町にある地本問屋「耕書堂」は錦絵を求める客で賑わっていた。女中として働くお駒はそんな店の様子を誇らしく思いながら、買い物に出ようとしたとき、店の中に入って行く一人の男を見かける。その男は、写楽と名付けられた新しい絵師だった。
五月興行が始まると同時に、「耕書堂」の店頭に写楽の役者絵が並ぶと、江戸の町に衝撃が走った。それは、今まで誰も見たことのない役者絵だった。賛否入り混じる評判の中、店主の蔦屋重三郎に呼ばれたお駒は、次の興行で出す写楽の絵を手伝ってほしいと言われ――。

(『写楽女』カバー袖の説明文より)

三年前の寛政三年(一七九一)、耕書堂から出した山東京伝の洒落本が摘発され、板元の蔦屋重三郎は身代の半分を没収されました。それでも重三郎の商売熱心は冷めることがなく、喜多川歌麿の美人絵のおかげで店を手放さずに済みました。

和泉屋が売り出した豊国の役者絵が評判を集める中で、地本問屋の意地で役者絵を描ける絵師を欲しがっていました。
そして重三郎は、ある男を店に囲い込むことに。

三十過ぎのお駒は、酒を飲むと暴力をふるう職人の元亭主とは別れて、耕書堂に住み込みの女中として働いていました。

酒肴を運んだお駒は、重三郎から新しい絵師として、その男を紹介されました。

 男は名乗ろうとしたが、口を開きかけた。しかし、はっとした表情で口をつぐんだ。お駒からゆっくりと目を逸らす。
「ああ、うっかりしていた。名無しは不自由だね。いずれ号をつけなくてはと思っていたが」
 ううむ、重三郎は考え込んだ。
「そうだ。写楽はどうだろう。うん、いい名だ。実にお誂え向きじゃないか」
 重三郎は愉快そうに笑った。
「あんたには、楽しいものを写しとる才がある。これ以上にしっくりする名前はないよ」

(『写楽女』P.19より)

男は長身で、色は白く、唇は薄いが、冷酷には見えず、むしろ気品を感じさせます。
老いてもおらず若くもなく、お駒と同じ年頃に見えました。

ある日、お駒は幼馴染で絵が得意だった鉄蔵に二十年以上ぶりに再会します。
女房と三人の子どもを抱えて、苦しい生活を送っていた絵師の鉄蔵を、蔦屋に売り込みました。

耕書堂には、上方出身で戯作者を目指し、絵も上手で重三郎が眼をかけている食客余七もいました。

重三郎は、写楽を歌舞伎の五月興行を控えた芝居小屋に連れて行きました。伝手を頼って、役者たちの稽古場を見せました。
写楽は芝居小屋から戻ると、耕書堂の与えられた一室で、紙を広げて一心に筆を走らせて、遅く前描き続けるようになりました。

そして、ついに写楽の絵が完成しました。

「これで、和泉屋と豊国、いや、江戸じゅうの芝居好きに一泡吹かせてやることができる」
 よくやったぞ写楽、と重三郎は言った。

(『写楽女』P.55より)

役者の胸から上だけを描いた写楽の絵は、一度見たら誰もが忘れられなくなる絵で、皆が知っている役者絵とはあまりにも違っていました。

謎の絵師写楽の絵を手伝うことになった鉄蔵と余七、そしてお駒の四人。
歌舞伎の興行にあわせて、次々に写楽の絵が店頭に並びました。

本書では、写楽に関わる男たちの間にお駒を配したことで、写楽をはじめ、鉄蔵、余七、重三郎の姿が鮮やかに浮かび上がってきました。

幸せな家庭にあこがれるお駒は、女中として写楽の世話をし、仕事を手伝ううちに恋心を抱くようになります。その様子が情感を込めて丁寧に描かれています。

写楽の正体ばかりか、10カ月という短期間に集中して絵が描かれた理由、歌舞伎の興行ごとに大きく変わっていく絵の構図、蔦重の狙いなど、写楽をめぐるミステリーが次々に解き明かされていくのが、何とも心地よく快感でした。

写楽女

森明日香
角川春樹事務所
2022年10月18日第一刷発行

装画:卯月みゆき
装幀:五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)

●目次
第一章 新しい絵師
第二章 分かれた反響
第三章 挑む夏
第四章 負け戦
第五章 別れ
第六章 晩年

本文245ページ

本書は第十四回角川春樹小説賞受賞作品。

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『写楽女』(森明日香・角川春樹事務所)

森明日香|時代小説ガイド
森明日香|もりあすか|小説家 1967年生まれ。福島県福島市出身。弘前大学卒業。 2017年、「お稽古日和」で第16回湯河原文学賞最優秀賞を受賞。 2022年、『写楽女』で第14回角川春樹小説賞を受賞しデビュー。 2024年、『おくり絵師』...