『早耳屋お花事件帳 父ひとり娘ひとり』|松本匡代|ハヤカワ時代ミステリ文庫
松本匡代(まつもとまさよ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『早耳屋お花事件帳 父ひとり娘ひとり』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。
本書は、瓦版屋・早耳屋の元気娘のお花が目撃した、江戸の騒動を描いた、連作時代小説集の第二弾です。
瓦版屋の一員として、江戸の町で起こったさまざまな出来事を文字にして町の人々に知らせることを生業として、毎日飛び回っています。
瓦版屋らしくなってきたな――江戸の出来事を文字にして知らせる早耳屋清兵衛は、娘・お花の成長に目を細める。ある日お花は、日本橋の唐物問屋の手代・房吉が辻斬りにあったことを知る。人形町の大工が助けてことなきをえたというが、その大工は以前房吉の後を尾けていた不審な男なのでは? さらに房吉には十三年前の火事で記憶を失った過去があり……人の想いに寄り添い、秘めたる悩みも解きほぐす人情瓦版屋の大活躍!
(本書カバー帯の紹介文より)
お花は、神田明神近くで瓦版屋を営む「早耳屋」の清兵衛のひとり娘で、今年十八。
秋の彼岸の入りの日、お花と清兵衛は連れ立って母世津の墓参りに湯島の菩提寺を訪れていました。
その帰りに、知り合いの唐物問屋の一人娘のお春と手代の房吉が、不忍池のほとりを歩く姿を目にしました。
来春には祝言をあげる予定で店の主が認めた仲の二人ですが、並んで歩きたいお春と、主従の間柄を守り、お春の少し後に下がって歩く房吉。
お花が気になったのは、二人の後を付かず離れずについて歩く、三十前後の職人風の男に目が留まりました。
その男は、辛抱強く遅くなりがちの房吉の歩みに合わせています。しかしながら、男が醸し出す雰囲気が妙に優しく、若い二人を見守っている、そんな感じさえするほどでした。
「何だろうな」
そう返事して清兵衛は、お花の反応を待った。すると、お花は、
「わかんない。お春さんと房吉さんの後を尾けているのは確かなんだけど、でも、悪さを仕掛けるようには見えないし……」
と、首をひねっている。
(ほお、こいつ、人を見られるようになったな)
清兵衛は満足そうにお花を見つめた。
(『早耳屋お花事件帳 父ひとり娘ひとり』「第一話 兄弟」P.12より)
瓦版屋で大切なことは、事件の本質を見抜く力が必要です。
近頃、お花にその力がついてきたことが、父にはちょっとうれしいことでした。
ところが、その後、房吉が辻斬りに遭う事件が起こりました。
武士が房吉に斬りつけようとしたところを、職人風の男が必死に止めていて、そこに、見回り中の南町奉行所定町廻り同心塚本忠吉と岡っ引きの弥助が遭遇したことで、怪我人も出ずに事なきを得ました。
職人風の男は、お花と清兵衛が見かけた男と同一人物なのでしょうか?
その男の狙いと、房吉との関りは?
事件を調べる忠吉らと一緒に、お花も職人風の男のことが気になって調べることに……。
本書では、瓦版屋として経験を積んできたことで、成長しているお花が描かれています。とくに、乱暴された若い娘を助ける「第三話 三竦み(みすくみ)」の話では、お花の優しさと強さに胸を打たれました。
また、そんな娘のことをいつも気に掛けている父清兵衛の想いがしっかりと描かれています。
早耳屋の聞き書き人(記者)の巳之助、読み売り人(販売員)の辰吉、養生所の医師・橘香春、元奉行所同心で忠吉の父・塚本忠道ら、お花の周囲にいる者たちがお花に温かい目を向け、その力になってくれています。
お花の娘らしい視点からの聞き込みぶりが面白く、捕物の捻りも利いていて、読み味が抜群です。
★お詫びと訂正:投稿時に主人公のお花と登場人物の一人、お春を混同した箇所がありました。著者及び読者の皆様にお詫び申し上げます。2022/08/28に、上記の文は訂正したものになります。
(理流拝)
早耳屋お花事件帳 父ひとり娘ひとり
松本匡代
早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2022年8月15日発行
カバーイラスト:いわたきぬよ
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一話 兄弟
第二話 幸次郎と平太郎
第三話 三竦み
本文304ページ
文庫書き下ろし。
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『早耳屋お花事件帳 見習い泥棒犬』(松本匡代・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『早耳屋お花事件帳 父ひとり娘ひとり』(松本匡代・ハヤカワ時代ミステリ文庫)