『おれは一万石 藩主の座』|千野隆司|双葉文庫
千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 藩主の座』(双葉文庫)を紹介します。
崖っぷちの一万石小大名、下総高岡藩井上家に婿入りをした正紀の奮闘を描く、文庫書き下ろし時代小説「おれは一万石」シリーズ第22弾。藩主の隠居が決まり、世子から藩主へ、大事を控え、正紀に最大の危機が……。
廃嫡を目論む正棠や浦川たちの奸計に嵌まり、蟄居謹慎を余儀なくされた正紀。高岡藩の藩主交代が間近に迫るなか、正棠らは高岡藩をも切り崩しにかかり、藩内でも正紀廃嫡の気運が高まってくる。さらには将軍家斉までもが正紀の藩主就任に難色を示すに至った。窮地に追い込まれた正紀は、無事藩主の座に就けるのか――!? 大人気時代シリーズ第22弾!
(本書カバー裏の紹介文より)
寛政三年(1791)一月二十九日、高岡藩藩士の佐名木源之助と植村仁助は、日本橋小伝馬町牢屋敷門前に立っていました。その日執り行われる、永久島北新堀町の干鰯〆粕魚油問屋東雲屋の番頭杉之助のの敲き刑を見届けるためでした。
師走二十八日に、永久島箱崎町の干鰯〆粕魚油問屋宮津屋へ三人組の盗賊が押し入り、主人と用心棒を殺害して、四百二十両を奪い取る事件が起こりました。
その後、捕らえられた賊の一人以蔵は、正紀が押し込みに関与していると証言し、南町奉行所の定町町廻り同心の塚本昌次郎も、これを裏付けるような調べを伝えました。
杉之助は、商売敵である宮津屋への押し込みを手引きした疑いがあるにもかかわらず、科(とが)に問われたのは以蔵を寺に匿った罪だけでした。
明らかな証拠があってのものではありませんが、正紀は身の潔白を証すまで、高岡藩下屋敷に蟄居謹慎をせざるをえない羽目に陥っていました。
「こうなったら、事件を解決するしかありませぬ」
「はい。このままでは、正紀様は世子としての地位を奪われ廃嫡となります」
源之助の言葉に、植村は力強く頷いてみせた。
(『おれは一万石 藩主の座』 P.15より)
企みには、本家の浜松藩の江戸家老に、分家の下妻藩の隠居した先代藩主が絡み、東雲屋も一枚噛んでいます。親正紀派の家臣は、濡れ衣を晴らすために力を尽くす決意をして、手掛かりを求めて江戸の町に出ていきました。
「それはそれだ。清水に墨を落とせば、黒い波紋は広がる。そのような中で跡を継ぐのは、難しかろう」
家斉は引かなかった。家斉は、一度言い出すと後に引かない質だ。宗睦もそれは分かっている。どう話したものか考えていると、家斉が再び口を開いた。
「三月七日までには、まだ少しだが間がある。それまでに、疑いの種を払拭いたさねばならぬ」(『おれは一万石 藩主の座』 P.137より)
正紀に盗賊とのかかわりがあるのではないかという疑いは、老中の松平乗完を通じて、将軍家斉の耳にも入っていました。
加えて高岡藩内にも、正紀を世子から降ろそうという動きがあることも伝わっていました。
家斉は、尾張徳川家当主で、正紀の伯父にあたる宗睦に、三月七日までに、正紀の疑いを晴らすように、期限を切って求めました。
世子剥奪までひと月、タイムリミットが迫るなか、ひっ迫する藩財政を立て直してきた正紀を、ともに幾多の試練を乗り越えてきた仲間たちが立ち上がります。
藩主の座を継ぐには、真の犯人を挙げ、虚偽の証言を取り消す必要が……。これまでの集大成のような物語で、シリーズは大きな転換点を迎えました。
おれは一万石 藩主の座
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2022年8月7日第1刷発行
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 謀略
第一章 籠絡
第二章 取手
第三章 形見
第四章 東司
第五章 就任
本文266ページ
文庫書き下ろし
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『おれは一万石』(千野隆司・双葉文庫)(第1作)
『おれは一万石 世継ぎの壁』(千野隆司・双葉文庫)(第21作)
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