『天海』|三田誠広|作品社
三田誠広(みたまさひろ)さんの歴史時代小説、『天海』(作品社)を紹介します。
2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』は、松本潤さんが徳川家康を演じられます。ドラマで晩年の家康まで描かれるのかどうかわかりませんが、徳川幕府260年の礎を築いた天海をどのように描くのか気になります。
天海は、家康の晩年に側近として忽然と登場し、孫の三代将軍家光の時代まで生き、家康の二十一年神忌の儀式を執り行いました。
しかしながら、前半生は謎に包まれていて、時代小説ファンの知的好奇心をくすぐる人物の一人です・
徳川三代(家康・秀忠・家光)を支え、江戸の繁栄を基礎づけた謎多き僧形の大軍師!
比叡山焼き討ちから、三方ヶ原の戦い、本能寺の変、小牧長久手の戦い、関ヶ原の戦いと続く戦国乱世の只中を一〇八歳まで巧妙に生き抜き、江戸二六〇年の太平を構築した無双の傑物が辿る壮大な戦国絵巻。
(本書カバー帯の紹介文より)
元亀二年(1571)の暮れ。
随風(ずいふう。後の天海)は、明智光秀が建造中の居城・近江坂本城にいました。
叡山周辺の山野で三千日の回峰行をしたと伝えられ、天台座主の覚恕法親王の使いで武将のもとに手紙を運ぶことが少なくなかった随風。甲賀や伊賀の忍びにもお呼びがつかぬほどの体術を身につけていて、怪しい幻術を用いるとも恐れられていました。
随風は比叡山全山を焼き払った光秀に、独断なのか、信長の命令なのかを尋ねました。
「信長は多くの敵を作った。力が強ければそれだけ敵を増やすことになる。力だけでは天下は取れぬ」
「力でなくて、何によって天下を制するのだ」
「さて、何であろうかな」
不敵な笑みをうかべたまま、修行者は光秀の顔を睨みつけた。
「これだけは言うておこう。武力に頼っておったのでは、おぬしはいずれ武力でわが身を滅ぼすことになろうぞ」(『天海』 P.11より)
随風は、叡山焼き討ちの直後、武田信玄を頼って甲府の躑躅ヶ崎館を訪れ、信玄に上洛を勧めたり、甲州塩山の恵林寺で快川和尚から「この国に必要なのは、光り輝く新たな神」であるという言葉をもらい、心の奥底に刻み込みました。
大坂石山本願寺で第十一世宗主顕如や前の関白近衛前久と問答をしたり、酒知ります。をくみかわしたりして、誰もが戦に倦み、天下太平の世を求めていることを知りました。
前久が言うには、戦国の世を鎮めるのは、織田信長ではなく、弱さと狡さをもった武将、木下藤吉郎か徳川家康だろうと。
随風は、三方ヶ原の戦いを控えた徳川家康を訪ねたり、安土城に忍び込んで織田信長と面談したり、備中高松城で秀吉と語り合ったりしました。
信長の飛脚として、七年ぶりに浜松の家康のもとにやってきた随風。
「わたしが戦さ場に出る時の馬印の幟旗を知っておるだろう」
随風は即座に応えた。
「厭離穢土、欣求浄土という文字が書かれておったな。前から気になっておった。あれは阿弥陀仏の浄土の教えであろう。おぬしは三河で一向宗と闘ったはずだ。なぜ敵方の教えを掲げるのだ」(『天海』 P.109より)
家康は、浄土を求めるのは一向宗だけではないと言い、桶狭間の戦いの後、織田勢に追われて三河の大樹寺に逃げ込み、自刃するつもりが住職に諭されて生き延びることにしたと。
その時に厭離穢土、欣求浄土の教えを学びました。戦国の世はまさに穢土で、その穢土から離れて、戦さのない世を築き、この日本国に現世の浄土を実現すると心に誓ったと。
戦さのない天下太平の世を望む随風は、次第に家康のビジョンに共感していきます。
本能寺の変、小牧長久手の戦い、関ヶ原の戦いと続く、戦国乱世の大事件を陰から支えていきます。
史実の隙間で生き生きと動く随風が魅力的なキャラクターで、随風の目を通して広がる戦国絵巻を堪能しました。
戦乱が終わり、歴史の表舞台に登場した天海の知恵袋ぶりと八面六臂の活躍ぶりにも引き付けられました。2023年の大河ドラマが待ち遠しくなりました。
天海
三田誠広
作品社
2022年7月25日第1刷発行
カヴァー写真:『木造天海僧正坐像』日光山輪王寺 蔵・提供
●目次
第一章 琵琶湖に面した幻影の城
第二章 三方ヶ原の戦さと空城計
第三章 山川草木に悉く仏性あり
第四章 試練の場に臨む徳川家康
第五章 備中高松城で秀吉と語る
第六章 前夜の酒宴と本能寺の変
第七章 小牧長久手で秀吉と対決
第八章 江戸の眺めと肥前名護屋
第九章 関ヶ原に謎の槌音が響く
第十章 将軍が日本を支配する
第十一章 金地院崇伝と御法度公布
第十一章 家康が神として祀られる
あとがき
本文377ページ
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『天海』(三田誠広・作品社)