『戦端 武商繚乱記(一)』|上田秀人|講談社文庫
上田秀人さんの時代小説文庫書き下ろしシリーズ、『戦端 武商繚乱記(一)』(講談社文庫)を紹介します。
著者は、2022年に「百万石の留守居役」シリーズで、第7回吉川英治文庫賞を受賞しました。同シリーズで、第1回から7回連続候補となり、完結した今回、ラストチャンスをものにされました。
(書き下ろし作品に限定しない)文庫を対象にした文学賞は少なく、時代小説における文庫書き下ろしジャンルをけん引してきたトップランナーの一人である、著者が受賞されたのは喜ばしいことです。
本書は、著者のホームグラウンドである、大坂を舞台にした新シリーズということで、大いに期待しています。
時は元禄。上方では米や水運を扱う大商家の淀屋が諸大名に金を貸し付け隆盛を極めていた。もはや看過できぬと、老中土屋政直は目付の中山時春を大坂東町奉行に任じ、その配下となった町方同心山中小鹿は密命を託される。商人の台頭を武士は抑えられるのか。生き残りをかけた戦いが始まる!
(『戦端 武商繚乱記(一)』カバー裏面の説明文より)
元禄十二年(1699)。
本書の主人公山中小鹿(やまなかころく)は、大坂東町奉行所普請方同心です。「吾に艱難辛苦を与えたまえ」の言葉で知られる、戦国武将の山中鹿之助にあやかって名付けられました。
そのせいではないですが、不運に続けて見舞われました。
上役で東町奉行所筆頭与力和田山内記介(わだやまないきのすけ)の娘伊那を妻に娶りましたが、東町奉行所与力の阿藤左門の三男伊三次と密通しているのを見つけて、内済では済まさずに、泣き叫ぶ女房の髷を掴んで、和田山の屋敷まで引きずっていきました。
その結果、小鹿は和田山に嫌われ、役得の多い唐物方から、もっとも暇な普請方に左遷されました。
小鹿は憂さ晴らしに、三年ぶりに大坂新町の遊郭へ足を運びました。
普段なら、うるさいくらいにまとわりついてくる袖引きの姿が全くなく不審な様子。
「なにかあったんか」
小鹿が目をあちこちの見世に飛ばしながら、問うた。
「淀屋はんですわ」
「……辰五郎か」
「さようで。淀屋はんが、新町総揚げをしてはりますねん」
商人が憧れとも嫉妬とも取れる表情をした。
(『戦端 武商繚乱記(一)』P.21より)
総揚げとは一つの遊郭すべての見世を一日買い切ること。
淀屋は西国三十三藩の年貢米を大坂へ廻送し、売り払う権利を得ていて、米の値段の上下をいち早く知り、高くなれば売り、安くなれば買うという、一種の相場操作を行い、莫大な富を得ていました。
淀屋三郎兵衛辰五郎は、淀屋四代目重當の嫡男で、このとき十六歳になったばかりです。
淀屋の現当主の重當は、大番頭の牧田仁右衛門と、御上に目を付けられていた窮地を逃れるため、大坂城代の越前野岡領主土岐伊予守に一縷の望みを託すことに。
「聞けば、西国の大名は参勤の行き帰りに淀屋へ寄って、挨拶をするという」
「それはなりませぬぞ」
土屋相模守の話に、中山出雲守が恐怖を怒りに変えた、
「武士が商人に頭を下げるなど、天下の秩序を破壊しかねませぬ」
「うむ。そなたならば、そこに気付くと思っていった」
満足そうに土屋相模守がうなずいた。
(『戦端 武商繚乱記(一)』P.78より)
目付の中山出雲守時春は、城中で老中首座の土屋相模守政直の呼び出しを受けました。
大名貸しで巨額の利を得ている淀屋のせいで、大名が潰れてしまうことを危惧する、土屋相模守より、目付の任を解き、大坂東町奉行を命じられました。
そして、淀屋を調べあげることに。
商都大坂で、武家と商人の戦いが始まります。
淀川や道頓堀川など大坂の主な川筋の取り締まり、通行する船の検めなどを行う川方。
川の中や河岸近くに落ちた石を管理する石役など、大坂町奉行所ならではの独自の役目も描かれ、興味深く読み進めることができます。
第1巻は登場人物たちを紹介する、顔見世興行的な要素もあり、赤穂藩家老大石内蔵助も登場し、次巻がますます楽しみになりました。
戦端 武商繚乱記(一)
上田秀人
講談社 講談社文庫
2022年7月15日第1刷発行
カバー装画:西のぼる
カバーデザイン:田中和枝+フィールドワーク
●目次
第一章 嫌われ同心
第二章 上方と江戸
第三章 色里の内外
第四章 商人の戦い
第五章 増し役の影響
あとがき
本文292ページ
文庫書き下ろし
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『戦端 武商繚乱記(一)』(上田秀人・講談社文庫)
『波乱 百万石の留守居役(一)』(上田秀人・講談社文庫)