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正国倒れる。藩主交代が迫るなか、正紀に世子失格の大ピンチ

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『おれは一万石 世継の壁』|千野隆司|双葉文庫

おれは一万石 世継の壁千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 世継の壁』(双葉文庫)を紹介します。

崖っぷちの一万石小大名、下総高岡藩井上家に婿入りをした正紀の奮闘を描く、文庫書き下ろし時代小説「おれは一万石」シリーズの第21巻。いよいよ、正紀は世子から藩主へ。しかし、その前に大きな壁が……。

正国、倒れる――。幸い一命は取り留めたものの、短い間に二度も心の臓の発作に襲われた正国は隠居を決意、高岡藩井上家では藩主交代の運びとなった。藩主就任が間近に迫るなか、正紀は親友で北町奉行所高積見廻り与力の山野辺に請われ、干鰯〆粕魚油問屋を襲った盗賊の探索に協力することになるのだが――。大人気時代シリーズ、刮目の第21弾!

(本書カバー裏の紹介文より)

寛政二年(1790)十二月二十八日。箱崎町の干鰯〆粕魚油問屋宮津屋は、明日の大晦日を控え、卸先からの売掛金が順調に集まり、店にある金子と合わせると、四百両を超していました。その夜五つ過ぎ、宮津屋に三人組の盗賊が押し入り、主人の富右衛門と用心棒河崎兵輔を殺して、四百二十両を奪って逃げました。賊の一人も河崎に斬られて死んでいました。

北町奉行所高積見廻り与力の山野辺蔵之助は、見廻り区域内で、奪われた金高も大きく、人が命を落とす事件ということから、町廻り同心とともに探索を始めます。

斬殺された賊は、身元を知らせる品は何も身に着けておらず、胸にある般若の彫り物だけが、唯一の手掛かりになりました。

一方、下総高岡藩井上家一万石の上屋敷奥では、当主の正国が三月前から体調を崩し、心の臓の発作を今月に入って二度も起こしていました。発作は治まったものの、油断ができばい病状です。

「無念じゃが、わしも病には勝てぬ。当主の座を譲りたいと思う」
 正国は苦し気な表情で言った。紫色になった唇の端が、ゆがんでいる。
「はは、見事な治世にございました」
 聞いて驚きはなかった。正紀はねぎらいの言葉をかけた。佐名木も頷いている。
「公儀に許しを得なくてはならぬし、親戚筋にも伝えねばならぬ。正式には、三月の初めの頃となろう」

(『おれは一万石 世継の壁』 P.27より)

親戚とは、一門の尾張藩や本家の浜松藩、分家の常陸下妻藩井上家一万石のこと。
正国は「その方ならば、高岡藩を盛り立ててゆくであろう」と言ったうえで、「足をすくわれぬようになさねばならぬ」と続けました。

正紀が婿入り際に反対した勢力が、浜松藩の一部と下妻藩にいました。そして、家中にも火種がありました。

「老中どもに、動きがある」
「それは」
 魂消た、幕閣の上層部が、高岡藩の跡取り問題にどう絡むのか。高岡藩が、高須藩や今尾藩に注ぐ尾張一門の中核に近い藩であることは、誰もが認めるところだ。

(『おれは一万石 世継の壁』 P.52より)

正紀は、伯父で尾張徳川家現当主の宗睦と実兄で尾張徳川家の付家老で今尾藩藩主の睦群から、驚くべき話を聞きました。
その老中は、大給松平家当主で三河西尾藩六万石の当主でもある松平乗完(のりさだ)で、近頃松平定信に近づき何やら暗躍していると。

さて、本シリーズの面白さは、武家内の事件を描くだけでなく、正紀が市井に出て、金策をしたり、難事件を解決したり、町の者たちと縁をつないだりするという点にあります。
今回も、正紀は親友の高積見廻り与力の山野辺の手掛ける、干鰯〆粕魚油問屋襲撃事件の探索を手伝います。ところが、盗賊を捕えてみると、我が身に火の粉が降りかかり、世子失格の大ピンチが……。

これまで、藩の危機はたびたび描かれましたが、今回は正紀自身が迎える最大の危機です。
ハラハラドキドキで、ああ、2カ月連続刊行で8月に出る第22巻が早く読みたくてたまりません。

おれは一万石 世継の壁

千野隆司
双葉社 双葉文庫
2022年7月17日第1刷発行

カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう

●目次
前章 正国の病
第一章 藩主隠居
第二章 賊の正体
第三章 三人兄弟
第四章 盗賊の首
第五章 偽証の罠

本文270ページ

文庫書き下ろし

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『おれは一万石 世継の壁』(千野隆司・双葉文庫)(第21作)
『おれは一万石』(千野隆司・双葉文庫)(第1作)

千野隆司|時代小説ガイド
千野隆司|ちのたかし|時代小説・作家 1951年、東京生まれ。國學院大學文学部文学科卒、出版社勤務を経て作家デビュー。 1990年、「夜の道行」で第12回小説推理新人賞受賞。 2018年、「おれは一万石」シリーズと「長谷川平蔵人足寄場」シリ...