『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』|柳ヶ瀬文月|ポプラ文庫
柳ヶ瀬文月(やながせふづき)さんの文庫書き下ろし時代小説、『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』(ポプラ文庫)を紹介します。
著者は、蛙田アメコ(かえるだあめこ)のペンネームで、『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記』シリーズなど、ライトノベルを中心に活躍されています。
柳ヶ瀬文月は時代小説を書くための別名義だそう。
正義感が強く、武芸に長けた堅物娘の伊予。剣術道場を営む父は足を悪くし、兄は体が弱く内にこもりがち。母を亡くして以来、家から笑い声が失われていた。ある日、伊予は「からぬけ長屋」の大家から「困った店子」、落語家・烏骨亭邑楽の話を聞きつける。噺の腕はめっぽういいが、まったく店賃を入れないらしい。店賃を納めさせるため、伊予は邑楽に弟子入りを決意するたが、そこには落語の力で「家族に笑顔を取り戻したい」という想いがあり――
(本書カバーの紹介文より)
神田鍛冶町にある、橋本吉右衛門が営む剣術道場は町人にまで門戸を広げています。
吉右衛門の娘伊予は十九。男勝りで曲がったことが嫌い、一本気で生来のお節介な堅物娘です。
右足にひどい怪我をして竹刀が握れなくなった父と、病弱な三つ上の兄吉弥と三人暮らし。
「でも、次郎吉さんの人の好いのにつけ込んで店賃を払わずにのうのうとしているだなんて、成敗でございますよ、成敗!」
「ははは、成敗できればいいのですが」
「次郎吉さんはお優しすぎます」
「参ったなぁ。お伊予さんは手厳しいですな」(『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』 P.8より)
伊予は、門弟で岩本町でいくつかの長屋の大家をやっている次郎吉から、店賃を七つも溜めている男の話を聞き、憤ってその男にぴしりと言ってやることになりました。
その不届きな男は、烏骨亭邑楽という若くて腕の良い噺家。
邑楽が住む長屋は、どういうわけかへらへらと浮世を漂って、一体全体どうやって暮らしているのかすらよくわからない連中が不思議と集まってくる長屋で、『からっきし抜けてる』ので、からぬけ長屋と呼ばれていました。
のらりくらりと伊予の説教を交わして、ダメ男ぶりを発揮する邑楽ですが、ひとたび高座に上がると、巧みな息と間合いでもって、寄席の客たちの呼吸までも手中に収めているような話術で、堅物で芸事に全く疎い娘である伊予の心に衝撃を与えました。
「次郎吉さんの人の好さにつけこんで、師匠が店賃をきちっと納めないのでしたら、私が弟子になります。そうしたら、その、私は余所者ではございません」
自分が弟子になれば、この人の話芸を待っている寄席に必ず邑楽を送り届けてみせる。寄席に送り届けさえすれば、寄席からいただいたワリをきちんとあずかって、溜めに溜めた店賃を納めさせてみせる。(『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』 P.52より)
伊予は、邑楽の押しかけ弟子になることで、ワリ(出演料)をきちんと預かって、溜まっていた店賃を納めて、次郎吉の困りごとを解決できると確信しました。
そのこと以上に邑楽から落語を習うことで、父の怪我以来、部屋に引きこもって書き物ばかりをしている兄吉弥を笑顔にできるかもしれないと思いました。
邑楽と鬼弟子伊予のおかしな生活の始まりです。
本書は、堅物な武家娘伊予が、軽薄でいい加減なところがある芸人の世界に飛び込み、ズルズルにスベりまくる自身の噺に落ち込んだりしながらも、邑楽の示唆で大切なものは何かに気付き、人として成長していく物語。何事にも真面目で一所懸命な伊予が、落語のネタになるくらい面白いです。
その堅物武家娘ぶりから、蝉谷めぐ実さんの『おんな女房』を連想しました。
美人で三味線の名手なのにお金が絡まない家事が全くダメな芸者の初瀬、恋患いの材木問屋の若旦那孝輔、からぬけ長屋のフユ・ハル・ナツの女三人組、陰気で絵師あがりの売れない噺家・四季亭伽羅楽など、個性的な登場人物が登場し、物語に彩りを添えます。
初めての時代小説とは思えない、読み口の軽快さと、落語の人情噺のように、笑って泣ける、愛情と人情がたっぷりと詰まった作品です。
お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺
柳ヶ瀬文月
ポプラ社・ポプラ文庫
2022年3月5日第1刷発行
装画:Minoru
デザイン:長谷川有香(ムシカゴグラフィクス)
●目次
第一席 「鬼弟子と、恋患い」
第二席 「怪談とカラクリ」
第三席 「お師匠様、出番です」
本文302ページ
文庫書き下ろし。
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『お師匠様、出番です! からぬけ長屋落語人情噺』(柳ヶ瀬文月・ポプラ文庫)
『おんな女房』(蝉谷めぐ実・KADOKAWA)