『高望の大刀』|夜弦雅也|日本経済新聞出版
夜弦雅也(やげんまさや)さんの長編歴史時代小説、『高望の大刀』(日本経済新聞出版)を紹介します。
著者は、2022年、本書で第13回日経小説大賞を受賞し、小説家デビューしました。
桓武天皇の曽孫にして、平将門や平清盛に連なるとされる、平高望(たいらのたかもち)を主人公にした歴史エンターテインメント作品です。
時は平安時代前期。帝の孫以降の子孫は400人に及び、京は無位無官の「王」であふれていた。桓武帝の曽孫である23歳の高望王が太政官に窮乏を訴えると、摂政右大臣が「弓で戦う衛府の武官に大刀で勝てば位官を与える」と約束する。勝負の日、修練を積んだ高望王は並み居る武官を次々に倒すが、大刀ではじいた矢が見物していた今上帝を傷つけてしまう。謀反の罪に問われた高望王は臣籍に降ろされ、平高望となって上総国に流される。長い労役のあと、朝廷の奸計を知った高望は……。
(本書カバー裏の紹介文より)
元慶四年(880)四月。
二十三歳になった高望王(たかもちのおおきみ)は位と官を授かるために、太政官の殿舎に参内しました。摂政右大臣藤原基経、大納言で左近衛大将源多、中納言で右近衛大将藤原良世ら九人の朝廷の高官が居並ぶ中で、面接を受けることになりました。
帝の男の子孫で孫以降を王と呼び、歴代の帝は子をつくりすぎたゆえに、当時、王は四百人以上に及んだといいます。
二十一歳になれば位を授ける定めでしたが、王の数が多すぎて位に値する禄を朝廷は給付することができません。七十人の王たちの窮乏は辛抱できない状況にありました。
祖父葛原親王からの相伝物が少なく、無位無官の父高見王が早くに亡くなり、窮乏にあえぐ高望。大学寮に通うこともできずに無学のままで、武芸を修める余裕もありません。しかも、身の丈が低くて、強い矢を射ることは難しく戦でも役に立たないと思われました。
高望は歯を食いしばった。ここでやすやすと同意しては、位と官を得る道は閉ざされる。
「さようでございましょうか! 兵仗には大刀もございます。我は力があるゆえ、大刀なら強く振れます。矢は射れずとも武功は上げられましょう!」
「ええい! 戯言はたいがいにせい!」
源左大将が怒りの形相で立ち上がった。笏で高望の顔を指し、罵倒した。
(『高望の大刀』 P.9より)
基経は、弓を相手に大刀で応じて、高望が勝てば位官を与えようと言い、負ければ征矢に射られて死んでもらうと。
位を求めただけなのに、まことの殺し合いをせよと命じられました。
無位無官で窮乏から抜け出すため、万に一つの運を信じ、命を懸けて勝負することを選びます。
高望は、賭双六の博奕所で知り合った衛門府の衛士・藤原利仁と、弓との対決で使う大刀をあがないに、都の東市で兵仗を売る店を訪れました。
そこで、内匠寮に勤仕する刀工で、俘囚(朝廷の支配に属することとなった蝦夷)の裳知九(もちく)のつくった大刀に目を奪われました……。
当代一の弓の名手・弓明王(ゆみのみょうおう)に対して、裳知九の大刀を手に立ち向かう高望、二人の対決シーンでは緊迫感に思わず息をするのも忘れて読みました。
弓vs.大刀の命を懸けた戦いの末に、高望の大刀で交わした矢で帝を傷つけてしまいました。意図せぬなりゆきながら、高望には帝を狙って殺そうとしたという疑いが掛けられました。
高望王は、悪辣な公卿の奸計によって、臣籍降下し平高望へと名を変え、上総国へ流刑されます。物語の第二章の始まり。
平将門や平清盛に連なる桓武平氏の祖といわれる、平高望の知られざる生涯を、大胆な解釈を交えて創作した歴史エンターテインメント小説です。
熱い好漢・高望に次々に訪れる試練の連続と、王の矜持を抱きながら、愛する者のため、熱き心でそれらを撥ね返していく高望の躍動に胸が震えます。
本書に出合い、これまで家系図上に名を残すのみの存在が、多くの人に影響を及ぼす、血の通った人物となりました。
高望の大刀
夜弦雅也
日本経済新聞出版
2022年2月24日第1刷発行
ブックデザイン:坂野公一(welle design)
装画:斎賀時人
●目次
なし
本文296ページ
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『高望の大刀』(夜弦雅也・日本経済新聞出版)