『潮待ちの宿』|伊東潤|文春文庫
伊東潤さんの時代小説、『潮待ちの宿』(文春文庫)を紹介します。。
綿密な調査・考証で史実を押さえながらも独自の視点から物語性豊かな歴史小説の名手として名高い著者。
本書は、そんな著者にはとってはいささか意外性を感じる、少女を主人公にした、連作形式の人情時代小説です。
かつて引き潮を待つ船の寄港地であった備中の港町・笠岡。「潮待ちの宿」と呼ばれる宿の一つ、真なべ屋に、口減らしで九歳から奉公する志鶴はある日、口数の少ない目つきの鋭い客を迎える――。幕末から明治初期、薄幸の美しいおかみに守られ、次々と起こる事件に立ち向かい凛々しく成長する少女の六つの物語。
(本書カバー裏の紹介文より)
安政六年(1859)春。
備中国の南西部、瀬戸内海を臨む港町・笠岡。
江戸時代中頃までは、天領の米や大豆、塩などを大坂へ廻漕する「津出しの港」として、また、大坂と下関を結ぶ便船の停泊港として栄えていました。
が、二つの河川の河口に造られていたため湾内に土砂がたまり、次第に大船が停泊しにくくなっていました。そのため、九つの志鶴が備中北部の寒村から笹岡の旅宿・真なべ屋に口減らしのため連れてこられた五年前(安政元年)には、港の利用者は激減していました。
かつて笠岡には多くの旅宿があり、「潮待ちの宿」と呼ばれていましたが、大半が廃業し、志鶴のいる真なべ屋のほかに数件を数えるばかりになっていました。
真なべ屋は美人のおかみ伊都が切り盛りしていて、客としては商人や仲買人、行商たちさまざまな人がやってきました。伊都を目当てにする中年以上の男たちも泊っていきました。
そんなある日、真なべ屋に目つきの鋭い旅姿の男与三郎がやってきて、一両小判をポンと出して何日か泊まらせてもらいたいと言いました。
しかし、志鶴は、無口で宿の者とも話をほとんど交わさず、一人で港を見て回ったりする、与三郎の行動に不審を覚えました。
「あの――」
志鶴が小声で言う。
「うちのお客さんのことなんですけど、様子が変なんです」
佐吉の顔が変わる。
「どう変なんだい。話してみなよ」
志鶴の話を聞き終わった二人は、「やれやれ」といった顔を見合わせた。
(『潮待ちの宿』「潮待ちの宿」 P.33より)
伊都と町年寄の佐吉に、志鶴は与三郎が盗賊の下見役ではないかと訴えますが、伊都はお客さんをそんな目で見るものではないとたしなめられました。
ところが……。(「触書の男」)
歴史小説作家らしい片鱗を見せるが、「追跡者」の話。
越後国の長岡藩士の河井継之助が登場します。
安政六年、備中松山藩の財政を立て直した山田方谷の許に赴き、藩政改革の実際を学んだ帰りでした。
「そのうち武士も商人もない世が来る」
「それは真ですか」
伊都が怯えるように問う。
「方谷先生の許には様々な雑説(情報)が入ってきていたが、西洋諸国ではすでに身分制度などんくなっており、才覚次第でどこまでものし上がれるという」(『潮待ちの宿』「追跡者」 P.71より)
志鶴は、継之助の「あらゆることが大きく変わる」という話に興味を抱きます。
ところが、その継之助に大きな危難が……。
「石切りの島」では、町年寄の佐吉親分の弟で岡引をつとめる弥五郎が、北木島で石切り場の丁場の崖から落ちて亡くなる事件が起こりました。
事故なのか事件なのか、真相を求めて佐吉と志鶴をともなって北木島を訪れるミステリータッチの話。サスペンスフルな展開から目が離せません。
「迎え船」は、笹岡に伝わるという伝承と、元治元年(1864)七月の長州藩士による禁門の変を絡めた物語。
「切り放ち」では、明治の世(三年)になりますが、これまで触れられなかった伊都と佐吉の過去が明らかにされます。
そして、「紅色の折り鶴」で、明治十三年まで時代は進みます。
物語の終章にふさわしい、飛び切りのエピソードが待ち受けていました。
練りに練られた趣向を凝らした六つの物語が、凛として前向きな志鶴と、薄幸のおかみ伊都の二人を軸に綴られていきます。
時代が激変していく中で、「潮待ちの宿」で懸命に働き、自らの居場所をつくっていく志鶴を通して、幕末から明治という時代が確かに感じられる、魅力的な時代小説です。
潮待ちの宿
伊東潤
文藝春秋 文春文庫
2022年4月10日第1刷
装画:小林万希子
デザイン:野中深雪
●目次
触書の男
追跡者
石切りの島
迎え船
切り放ち
桜色の折り鶴
解説 内田俊明
本文335ページ
単行本『潮待ちの宿』(文藝春秋、2019年10月刊)を文庫化したもの
■Amazon.co.jp
『潮待ちの宿』(伊東潤・文春文庫)