『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』
今村翔吾さんの大人気時代小説シリーズの番外編、『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』(祥伝社文庫)を紹介します。
2021年、第6回吉川英治文庫賞を受賞した「羽州ぼろ鳶組」シリーズ。
本書は「幕間」とタイトルに入っている通り、シリーズからスピンオフした番外編。
本編では脇役を演じている、羽州ぼろ鳶組以外の火消を主人公にした、三編の短編を収録しています。
救えなかった命――猛火に包まれた幼子の悲鳴が聞こえる。炎への恐怖にしぼむ心と躰を麻痺させるため、今日も“蟒蛇”野条弾馬は、酒を呷って火事場に臨む。京都常火消、淀藩火消組頭取に己を取り立ててくれた心優しき主君が逝った。「帝を、京を、そこに住まう人々を救え」今際の言葉を胸に刻んだ弾馬は……(「恋大蛇」)。表題作の他二編を収録。シリーズ初の外伝的短編集。
(本書カバー裏の紹介文より)
「羽州ぼろ鳶組」には、新庄藩火消の頭取松永源吾はじめ、頭取並鳥越新之助、頭取代行の加持星十郎など、火消番付を席巻する多士済々の火消ヒーローが登場します。
しかしながら、他の火消組にも個性的な凄腕の火消がいて、物語では脇役で出番は多くなくてもしっかりと光彩を放っています。
本書では、そんな中でも五人の火消ヒーローの活躍を描いた三編を収録しています。
第一話「流転蜂」では、『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』に登場したあの火消が罪を犯して、八丈島にやってくるところから物語が始まります。
「確かに縁者はおりませんが、手を差し伸べてくれる方々はおりました」
嘘ではなかった。罪を犯して多大な迷惑を掛けたにも拘らず、上役は内密に米、麦、金を上限一杯まで渡そうとしてくれた。さらには煩雑な手続きは必要なものの、年に二度ほど江戸から物を送ることも出来る。これに則ってこっそりと米を送るとまで言ってくれたのた。
「では、何故?」
「これが私なりの罪の償い方だと思い定めました」
留吉は静かに言った。(『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』 P.15より)
男は留吉と偽名を用い、火消であった過去を隠して、真摯に罪を償うために、矜持をもって島での生活を始めました。
20日以上も毎日、海に入って徒手空拳で魚を獲ろうと試行錯誤を繰り返しました。
そしてある日、ついに素手で魚を掴むことに成功しました。
留吉はこのことをきっかけに漁師の角五郎と話をするようになり、角五郎のもとで漁を学ぶことになりました……。
留吉は、八丈島で罪を償い、来るべき時に向けて力を蓄えているようです。
第二話の表題作では、『双風神 羽州ぼろ鳶組』で活躍した、淀藩火消組頭取の野条弾馬と大旅籠の娘紗代の恋が描かれています。
恋と大蛇という、安珍・清姫伝説の「娘道成寺」を想起しますが、二人の恋の行方は……。
第三話「三羽鳶」は、町火消め組の頭『銀蛍』の銀治が、空き家の火事現場で見つかった五人の死体の謎を解く、ミステリータッチの物語です。
「さて、どうするか」
与市が胡坐を組んだ膝を叩いた時、銀治が真剣な眼差しで身を乗り出し、
「共に探って頂けないでしょうか。厚かましいことは重々承知して――」
「当然だ」
「真ですか」
与市が考える間もなく即答したので、銀治は驚いた様子である。(『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』 P.252より)
町火消「け組」の頭『白毫(びゃくごう)』の燐丞、仁正寺藩の火消頭『凪海』の柊与市と、三人の鳶頭が組織を越えて協力しあって、犯人を追い詰めます。
松永源吾、大音勘九郎、進藤内記、辰一、蓮次、秋仁ら「黄金の世代」と呼ばれる火消たちより十歳ほど若い、銀治、燐丞、与市の三人は目立つことでは劣りますが、火消としての力量は引けを取りません、
脇役たちの活躍により、ますます「羽州ぼろ鳶組」の世界が広がり、面白さが増していきました。
次は、新庄藩火消の胸のすくような活躍を読みたいと思います。
恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間
今村翔吾
祥伝社 祥伝社文庫
2022年3月25日初版第1刷発行
カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:北村さゆり
●目次
第一話 流転蜂
第二話 恋大蛇
第三話 三羽鳶
本文293ページ
『小説NON』(祥伝社刊)2022年1月号から4月号に掲載され、文庫刊行に際し加筆・修正したものです。
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『恋大蛇 羽州ぼろ鳶組 幕間』(今村翔吾・祥伝社文庫)
『夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫)
『双風神 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫)