『看取り医 独庵 隅田桜』|根津潤太郎|小学館文庫
根津潤太郎(ねづじゅんたろう)さんの文庫書き下ろし時代小説、『看取り医 独庵 隅田桜』を紹介します。
著者は、本名の米山公啓の名義で、医学実用書やエッセイ、医学ミステリーなど多数の著作物をもつ、神経内科医で、日本推理作家協会会員でもあります。
初の時代小説『看取り医 独庵』で、2021年度啓文堂書店時代小説文庫大賞受賞しています。本書はシリーズ第3作になります。
大川堤の桜のつぼみが寒風に耐えていた春の初め、浅草諏訪町にある独庵の診療所に懐かしい男が顔を見せた。長崎遊学時代の友人・佐田利良だった。日本橋で薬種屋を営む身だという佐田は、故郷の甲州で自ら作ったという葡萄酒を手土産に差し出しながら深々と頭を下げた。内儀・千代がが失明の危機にあり、この春の桜をひと目見せてやりたい。ついては江戸きっての眼医者に口をきいてほしいと言う。面識のない独庵は相手が受けざるを得ない策を講じ、佐田とともに面談を求めた。2021年啓文堂書店時代小説文庫大賞第1位受賞作、待望の大好評シリーズ第3弾。
(本書カバー裏の内容紹介より)
本書の主人公、独庵は、長崎で蘭方を学び、一昔前まで仙台藩の奥医者をつとめていましたが、訳あって今は浅草諏訪町で開業しています。江戸でも名医として知られる存在です。
卓越した技能を持つ医師であるばかりか、馬庭念流の遣い手として、時には悪を密かに成敗することもあります。
第二話の「葡萄酒」では、長崎遊学時代の友人で、眼科の医学を学んでいた佐田が独庵のもとを手土産の葡萄酒を持って訪ねてきました。
佐田は医学の道を諦めて、日本橋本町で薬種屋を営むかたわら、故郷の甲州で葡萄酒を作っていました。、
「先が長くないとはいえ、せめて、今年の桜を見せてやりたいと思いまして」
「まだそれはできるのではないか」
「それが千代は白底翳(しろそこひ。白内障のこと)で見ることができません。死ぬ前になんとか桜を見せてやりたいのです」
佐田は拝むように手を合わせて言った。
(『看取り医 独庵 隅田桜』P.78より)
白底翳の手術で有名な破風元代先生を口利きを依頼された独庵は、面識がないことからある策を講じました。
本書で描かれる破風先生は、江戸後期に活躍し、シーボルト事件にかかわった、眼科医土生玄碩(はぶげんせき)をモデルにしています。
玄碩の治療法とエピソードが援用されていて興味深い話になっています。
また、第一話の「医学舎」では、医学教育機関をつくった医師・最上信正が登場します。
「ご存じの通り、医学舎は私が御公儀に提案して作った医学教育の場でございます。ところが最近は、医者になりたい、御番医になりたいという者の志の低さが呆れるばかりで」
御番医は殿中に病院が出たときに診察に当たる医師のことで、表番医師あるいは表御番医師ともいう。
「よほど腹にすえかねることでも、ございましたかな」
「家業を継げる能がないから医者にでもなるかという具合で、医学に対する熱意も欠けているのです」(『看取り医 独庵 隅田桜』P.91より)
独庵は、最上から御番医になるための医学考査を依頼されました。医学舎でほぼ同じように成績が良い者が四人いて、その中から御番医に推す者を一人選んでほしいということでした。
「世に役立つ医者を育てたい」という、独庵の医療に掛ける熱い思いがわかる一編です。
第三話の「誤診」では、その思いは、住み込みの代脈の市蔵に向けられています。ミステリータッチで描かれる物語の中で、弟子の成長を温かく見守っています。
若い医師を育てる名医というと、山本周五郎さんの『赤ひげ診療譚』の新出去定が頭に浮かびます。今後、独庵が市蔵はじめ、若い医師の卵たちとどのように接していくのか、気になります。
看取り医 独庵 隅田桜
根津潤太郎
小学館 小学館文庫
2022年3月9日初版第一刷発行
カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:山田満明
目次
第一話 医学舎(冬)
第二話 葡萄酒(春)
第三話 誤診(夏)
第四話 家督(秋)
本文256ページ
文庫書き下ろし。
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『看取り医 独庵』(根津潤太郎・小学館文庫)(第1作)
『看取り医 独庵 漆黒坂』(根津潤太郎・小学館文庫)(第2作)
『看取り医 独庵 隅田桜』(根津潤太郎・小学館文庫)(第3作)
『赤ひげ診療譚』(山本周五郎・新潮文庫)(第3作)