『おんなの女房』|蝉谷めぐ実|KADOKAWA
蝉谷めぐ実(せみたにめぐみ)さんの長編時代小説、『おんなの女房』(KADOKAWA)を紹介します。
本書は、2020年、『化け者心中』で、第11回小説野性時代新人賞を受賞してデビュー。2021年に同作で、第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞、第27回中山義秀文学賞賞を受賞した著者の、大注目の受賞後第1作です。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。私はなぜこの人に求められたのか――。芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いを巡らす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。(『おんなの女房』KADOKAWA 表紙カバー帯の紹介文より)
喜多村燕弥は、江戸三座の一つ、森田座の若手売り出し中の女形。舞台を降りても振袖を着て、化粧をし、髪を結い上げ、女子の言葉を舌に乗せ、尋常を女子として過ごしています。
志乃は、下級藩士の娘で、幼い頃から武士の作法を叩き込まれていましたが、歌舞伎のことを何一つ知らずに、父の命じるままに出羽の実家から木挽町の燕弥のもとに嫁ぎました。
金子を渡し背を向ける志乃に、決まってこの人は口にする。
「どうして燕弥様は、あなたみたいなお人を女房にしたんでしょうねえ」
怒りなぞ湧いてくるわけがない。背を向けたまま声に出すことはないけれど、決まって志乃も口にしている。
ええ、私もそう思います。(『おんなの女房』P.26より)
夫に従い、夫のために行動する。飯をつくり、汚れ物を洗い、夫を癒し、ぽんぽん子を産む。そんなことを考えて嫁いできた志乃。
家でも女子の格好で過ごし、女よりも美しい女形の夫。
志乃は、何のためにこの家にいて、自分の価値はどこにあるかの、悩みます。
「姫と名のつく役は芝居に数々ございます」
桜姫、鷺姫に雲の絶え間姫。燕弥の舌は葛が塗られて、滑らかに動く。
「姫様役は緋色の振袖を着ることが多いのもありまして、まとめて赤姫ともよばれておりますが、中でも、時姫、雪姫、八重垣姫。この三人はちいと特別。このお三方は三姫と呼ばれ、女形でも殊更難しい役とされている。座の中でも実力があって貫禄もある格の高い女形しか演らせてはもらえません。
(『おんなの女房』P.52より)
物語の各章には、『鎌倉三代記』の時姫、『京鹿子娘道成寺』の清姫、『祇園祭礼信仰記』の雪姫、『本朝廿四孝』の八重垣姫と、歌舞伎の名作に登場するに赤姫たちに名付けた章のタイトルが付けられていて、芝居内容にも触れられ興味が倍加します。
ミステリータッチの前作とガラリと変わり、今回は軽妙な筆致の恋愛小説で、根底に歌舞伎の世界に生きる者たちの情念が流れていて、何とも惹きつけられました。
前作『化け者心中』と同じ(やや本書のほうが舞台設定が前か)、文政の江戸を舞台に繰り広げられる、おかしな夫婦の暮らしぶりとその中で次第に惹かれていく二人の恋物語が描かれ、ラストでは感情を大きく揺すぶられました。
2作目のハードルを軽やかに飛び越え、先々が楽しみな作家の登場です。
おんなの女房
蝉谷めぐ実
KADOKAWA
2022年1月28日初版発行
装画:千海博美
装丁:須田杏菜
●目次
呼込
一、時姫
二、清姫
三、雪姫
四、八重垣姫
幕引
本文269ページ
書き下ろし
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『化け者心中』(蝉谷めぐ実・KADOKAWA)
『おんなの女房』(蝉谷めぐ実・KADOKAWA)