茂兵衛、真田昌幸に会い、小牧長久手の戦いでは秀吉軍と対決

『三河雑兵心得（八）　小牧長久手仁義』｜井原忠政｜双葉文庫

井原忠政（いはらただまさ）さんの文庫書き下ろし戦国小説、『三河雑兵心得（八）　小牧長久手仁義』（双葉文庫）を紹介します。

「この時代小説がすごい！ 2022年版」第1位、の文字が入った文庫カバー帯が巻かれています。

選考対象対象期間中には、4巻『弓組寄騎仁義』、5巻『砦番仁義』、6巻『鉄砲大将仁義』の3タイトルが刊行され、書店員や文芸評論家、ライターなど、時代小説の目利きによる投票結果を集計したランキングで、文庫書き下ろし部門で1位の票を集めました。

東三河の百姓出身の若者茂兵衛が家康の家臣の足軽となって、戦を通じて出世を重ねていく「三河雑兵心得」シリーズは、本書で8巻目となります。

新たに版図となった甲斐と信濃を踏みならすため、茂兵衛は信州惣奉行の寄騎として東信濃に派遣される。彼の地でまみえたのは有力国衆である真田昌幸。実力は申し分ないながら狡猾さと変わり身の早さから信用が置けないと評される御仁である。一方その頃、主君家康は苦悩していた。織田家を簒奪した秀吉との間で開戦の気運が高まるものの兵力の差は歴然、しかも血気に逸る徳川家臣団は制御不能に陥っていた。かような訳で、隠れ非戦派の茂兵衛にもついに出陣が命じられるが……。戦国足軽出世物語、右顧左眄の第8弾！

（カバー裏の内容紹介より）

天正十一年（1583）。
三十七になった植田茂兵衛は、足軽大将として百人からの命を預かり、私生活でも子どもができ、ある種の心境の変化を自覚していました。

　平たく言えば――世間が怖い。
　周囲が自分を「どう見ているか」「どう評価しているのか」を随分と気にするようになった。
（以前は、こんなこたァなかったんだ。俺ァ俺だ。「世間が怖くて野糞ができるかい！」みてェな気概があったもんだわ。それが今じゃどうだい……）

（『三河雑兵心得（八）　小牧長久手仁義』P.9より）

茂兵衛は、足軽大将として、百人からの命を預かっています。
戦の中で、指揮官は非情な決断を下さなければならないことも多く、配下の足軽に「死ね」とか「殺せ」と命じるのが役目でもあります。酷い命令が、他人の目を気にする今の自分に下せるのか、正直自信が持てなくなっていました。

「今、この時を生きるのみ」と勇猛果敢に戦の渦に飛び込んでいった茂兵衛の、大きな成長かもしれませんが、どのように対処していいのか、迷い、悩みました。

家康は、新たな版図に加えた東信州の国衆たちを束ねることに腐心していました。長年、甲斐の武田と越後の上杉の大勢力に挟まれ、風を読みつつ、城と領地を守ってきた、信州の小領主たちは老獪で一筋縄ではいきません。

家康は、人当たりがよく、かつ抜け目のない大久保忠世を小諸城に入れて信州惣奉行に据えました。そして、茂兵衛の鉄砲隊と彼の義弟でもある松平善四郎の弓隊を小諸に派遣することにしました。

前半の見どころは、茂兵衛が普請中の上田城の視察を兼ね、「表裏比興之者（ひょうりひきょうのもの）」呼ばれ、狐狸妖怪の類とも言われる真田昌幸を表敬訪問をすることになり、二人の対面が叶う場面。

浜松城にいる家康も苦悩を抱えていました。
織田家から信長の後継の座を簒奪した秀吉との間で開戦の気運が高まる中、浜松城の徳川家臣団は、本多平八郎や榊原康政ら主戦派が大勢を占めていて、非戦論者は臆病者と罵られ命の危険すらあるほどです。

織田と徳川では鉄砲の数も弾薬の蓄えも大きく違うことから、茂兵衛は非戦しかないと思いながらも言い出せず、家康も軍議で主戦派が圧倒するのを見定めて、開戦を宣言しました。

物語は、小牧長久手の戦いに突入します。
本シリーズの魅力の一つは、騎馬武者対鉄砲足軽の対決など、臨場感豊かな合戦シーン。マクロの武将目線ではなく、前線にいる雑兵の目で戦いが描写されていき、手に汗握るスリルと面白さの虜になっています。