『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』|永井紗耶子|双葉文庫
永井紗耶子(ながいさやこ)さんの明治ミステリー小説、『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』を紹介します。
著者は、2020年に、『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で、10回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞し、2021年に第40回新田次郎文学賞を受賞した、今、注目のの歴史時代作家の一人です。
本書は、2014年に幻冬舎文庫から刊行された『帝都東京華族少女』を改題したもの。
双葉文庫からの刊行にともない、大幅に加筆修正され、登場人物の華族の名字も、黒川→黒塚、八条→八苑、久保→長窪、加納→加山といったように変更されていました。
明治三十九年、帝都東京。千武男爵家の令嬢・斗輝子は、書生の影森怜司を供に、政府重鎮の黒塚伯爵家で行われた夜会に当主である祖父の名代として出席した。しかし夜会の最中に黒塚伯爵が何者かに毒殺されてしまう。不当な疑いをかけられた千武家の名誉のため、斗輝子と怜司は事件の真相を調べ始める。だが、その裏には身分に縛られ、ままならぬ生き方を余儀なくなされる人々の大きな秘密があった。そべての真実を知ったとき、斗輝子は――。勝ち気な華族の令嬢と怜悧な書生、対照的な二人による明治謎解き譚。
(本書カバー裏の内容紹介より)
明治十八年、帝都東京。
八苑重嗣(はちぞのしげつぐ)子爵は、十六歳になる妹・琴子を連れて、鹿鳴館で催される夜会にやってきました。そこで、武器商人として軍部や政府とのつながりが強い千武総八郎(ゆきたけそうはちろう)から声を掛けられました。
「うかがいましたよ。ご縁談が纏まられたとか。おめでとうございます」
琴子は総八郎の言葉に、ありがとうございます、とか細い声で答えた。総八郎は琴子を値踏みするようにしみじみと見て、微笑んだ。
「しかし勿体ない……琴子姫は幾つでいらっしゃいましたか」
総八郎の言葉に、重嗣は琴子を背後に隠す。
(『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』P.7より)
琴子の縁談の相手は、政府の重鎮で、維新の立役者の一人でもある、黒塚隆良伯爵でした。四十代半ばの伯爵には、酔って前の妻を刀で斬り殺したという噂があり、剛腕の政治家ながら私生活の悪評が高く、後添えになろうという家は少なかった言います。
一方の総八郎にも金儲けのためならば、人を陥れることすら厭わず、商売敵に刺客さえ送るというような噂がありました……。
明治三十九年三月、帝都東京。
昨今男爵位を得た当代きっての大富豪千武総八郎の孫娘、斗輝子は、総八郎の名代として、黒塚伯爵家で催される生誕祝賀の夜会に出席することになりました。しかも、その日に会ったばかりで、感じが最低の書生、影森怜司をボディーガード代わりに伴う羽目に。
「お殿様、お殿様、いかがなさいました」
ホールの中に女の声がこだました。最奥に鎮座ましましていた黒塚伯爵の傍らにいたら妾の声である。
「何があった」
「どうしたんだ」
ざわめきがホールの中で波のように広がった。(『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』P.78より)
夜会に闖入者があり騒然としている中で、椅子に腰かけていた黒塚伯爵が亡くなっているのが発見されました。口元に泡があり襟元のあたりが光って見え、毒殺された疑いも。
黒塚伯爵とはかねてから不仲の間柄の千武家に、警察は疑いをかけ、斗輝子は、怜司を相棒に、家の潔白を証しを信じ好奇心に駆られて、事件の真相を突き止めるべく調べ始めます。
勝ち気でじゃじゃ馬の令嬢斗輝子と頭脳明晰ながら皮肉屋の書生怜司の好対照のバディの探索ぶりが面白く、生い立ちに謎めいた部分を持つ怜司の正体が次第に明らかになっていくところも読みどころの一つです。
明治の元勲・黒田清隆のエピソードを下地に、黒塚伯爵のキャラクターが作られているように思われますが、帝都の様子や華族制度などの社会情勢など、明治という時代が作品に投影され、謎解きとともに堪能することができました。
華に影 令嬢は帝都に謎を追う
永井紗耶子
双葉社 双葉文庫
2021年12月19日第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:青井秋
目次
なし
本文308ページ
本書は『帝都東京華族少女』(幻冬舎文庫・2014年2月刊)を改題し、大幅に加筆修正したもの。
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『華に影 令嬢は帝都に謎を追う』(永井紗耶子・双葉文庫)
『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』(永井紗耶子・新潮社)