『初花 斬剣のさだめ』|平茂寛|ハヤカワ時代ミステリ文庫
平茂寛(ひらしげかん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『初花(ういか) 斬剣のさだめ』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。
著者は、2011年に『隈取絵師』で第3回朝日時代小説大賞を受賞し、2012年に同作でデビューした、気鋭の時代小説家。
本書は、大奥の中臈にして、魔性の美剣士・初花(ういか)が、江戸の人々に死の恐怖を植え付ける巨大な悪と死闘を繰り広げる、伝奇時代小説です。
命の取り合いに悦びを感じ、闘いにとりつかれた魔性、その名は初花。将軍付の中臈で、11代将軍・徳川家斉に仕える身ながら、城を抜け出し剣をふるう。火事場で無差別に人を斬る手練れがいると知れば初花は業火に飛び込む。さらに次々待ち受ける、異様な剣術の使い手たち。地獄の死闘を繰り広げる初花の目的は……!? 人を斬るのはたまりませぬ――美しき獣の本性を剥き出しに、江戸のダークヒロインが艶やかに見参!
(本書カバー裏の紹介文より)
寛政六年一月、糀町全域を業火が包む中で、初花は、火事場の喧騒に紛れて人を殺める、火事斬りと呼ばれる男、兵藤勝之進と剣を交えていた。
「嬉しゅうございます」
初花は思わず悦楽の声をもらした。
恐れが極まったとき、初花の体の奥底に眠る獰猛な野生が目覚める。
覚醒した野生は初花を闘鬼へと変えた。戦いを好み、そこに悦びを見出すようになるのだ。
荒ぶる心は、敵を喰らい尽くすか、おのれが斃れるまで鎮まらない。
(『初花 斬剣のさだめ』 P.14より)
初花は強い相手にまみえるほど、「ああ、たまりませぬ」と愉悦を高ぶらせて、その剣はいよいよ精妙を極めて冴えていきます。
初花は、普段は将軍付の中臈をつとめています。
中臈とは将軍の身の回りの世話をする奥女中の呼び名で、器量のよい女から選ばれ、将軍の目に留まり、お手を付けられる機会が多い役目です。
ところが、初花は、将軍家斉から夜伽の指名を受けても断り続け、酒の相手を望まれても終始ぶすっとした顔で侍っていました。
将軍の寵愛を受けて子をなせば、本人ののみならず親類縁者まで立身出世の栄誉によくすることととなり、中臈のほとんどが御手付きにその狙いはなんのでしょうか?
幾人もの大盗を捕らえ、勧善懲悪を貫きつつ人心の機微にも通じた名裁きは数知れず、さらには人足寄場の設立に深く関わるなど、数々の業績を挙げてきた。
今や武家町人を問わず平蔵を知らぬ者はなく、かつて名町奉行大岡越前守忠相になぞらえて「今大岡」と呼ばれていた。
「勝之進を殺した者がほかにおるのだ。相手は世を騒がせた非道の辻斬り。あっぱれと褒めてやりたいが、殺しは殺し。何者仕業かをたしかめねばなるまい」(『初花 斬剣のさだめ』 P.35より)
火付盗賊改方長官長谷川平蔵が、初花の存在に目を留めることに。
死闘の末に、火事斬りの勝之進を倒しても、それは長い道のりの第一歩でした。
満月の夜に、大店を襲い店者たちを惨殺する盗賊・鬼神組、願人坊主たちを操る無眼流の反町無格と名乗る剣客など、世人の心に恐れを植え付けるために投入された者たちが、次々に初花の前に現れます。
江戸の人々に恐怖を受け付ける者たちを次々に狩っていく初花に、思いを寄せる飴売りの駿一郎と、その恋敵で南町奉行所例繰方同心の阿南田多聞、姉さまと慕う女商人の美鈴らが初花を助けます。
初花と異様な剣術の使い手たちとの壮絶なバトルに引き込まれます。
とくに、奇気六術の正木利充と名乗る男との異次元の闘いぶりに目を瞠らせられました。
次回作が楽しみになる、不思議な読み味の作品です。
(伝奇小説はそういうものかもしれませんが)
初花 斬剣のさだめ
平茂寛
早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2021年10月15日発行
カバーイラスト:yoco
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一章 火事斬り
第二章 鬼神組
第三章 漆黒の剣客
第四章 蝙蝠流
第五章 剣を持たぬ刺客
第六章 奇気六術
最終章 初花
本文276ページ
文庫書き下ろし。
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『初花 斬剣のさだめ』(平茂寛・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『隈取絵師』(平茂寛・朝日新聞出版)