『芭蕉の娘』|佐藤恵秋|ハヤカワ時代ミステリ文庫
佐藤恵秋(さとうけいしゅう)さんの文庫書き下ろし時代小説、『芭蕉の娘』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
著者は、鉄砲に魅せられ射撃術の研鑽に生涯をかける雑賀衆の娘を主人公とした戦国時代小説『雑賀の女鉄砲撃ち』でデビューし、近著に室町末期を描く戦国冒険活劇『三楽の犬』がある、気鋭の時代小説家です。
本書の主人公は、俳聖、松尾芭蕉の二人の娘、雅(まさ)と風(ふう)。
芭蕉の「奥の細道」の旅を、娘たちが辿り、句に込められた秘密を解く、冒険小説ということで、大いに惹かれます。
俳聖、逝く――旅に病んで夢は枯野をかけ廻る――芭蕉は門人たちに看取られて息を引き取った。命を懸けて句を詠み続けた生涯だった。だが、芭蕉には表とは異なる別の顔があった。その娘、雅と風の姉妹は『奥の細道』のとおりに父の足跡を辿り、句に込められた想いを解いてゆく。弟子たちの裏切り、姉妹を狙う魔手、暗号の如く仕組まれた句の真意……芭蕉の娘たちが最後に辿り着いた意外な真実とは? 清冽な俳諧冒険浪漫
(本書カバー裏の紹介文より)
「二人で風雅」と名付けれた、雅と風は、延宝八年(1680)生まれの双子の姉妹。姉の雅は、艶やかで、切れ長の目が涼しげな男好きのする容貌で人目を惹く、芝居が好きな外向的な小町娘。風は、目、鼻、唇が小振りで纏まり愛らしいが、いつも仏頂面で内向的、無類の本好き。
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の最後の句を詠んで大坂で客死した、芭蕉。
それから八年が経ち、雅と風は二十三歳になっていました。
「父様のお墓参りに行きましょう」
雅が言い出す。しかも行き先は江戸から百二十五里も彼方の近江膳所であった。
「出し抜けに、どうしたの。七回忌はとうに過ぎているし、十三回忌はまだまだ先じゃない」
風は合点がいかない。出不精なこともあるが、
「路銀はどうするの」
(『芭蕉の娘』 P.24より)
路銀を工面することができた二人は、元禄十五年(1702)九月、近江へ向けて旅立ちました。
旅先で出会う芭蕉の弟子たちが、いずれもひと癖もふた癖もある個性派ぞろい。しかも、弟子たちの言葉から、体調を崩して死に至る芭蕉の最期の様子も明らかになっていき、物語に引き込まれていきます。
二か月ぶりに江戸に帰ってきた風は、芭蕉の奥の細道と曾良の旅日記を読み比べて、芭蕉の旅に疑問を抱きました。
「父が逝って八年、その道を辿ってみたい」
路銀は奥の細道が増版して売れる度に入る報酬で賄えると見込んでいた。
雅に図ると、
「奥州? 父様の道程を辿るって」
眉を顰める。
「うん。父様の言う夢がどうなったか、確かめたい」
風にしては珍しく積極的だった。知らないことを知ることに貪欲である。(『芭蕉の娘』 P.64より)
父が遺した「夏草や兵どもが夢の跡」と「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の夢を詠んだ二つの句に導かれるように、二人は旅に出ました。
二人の行く手には何が待ち受けているのでしょうか。
早く作品に戻って、続きを読んでみたい衝動を抑えられません。
芭蕉の娘
佐藤恵秋
早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2021年10月15日発行
カバーイラスト:安楽岡美穂
カバーデザイン:k2
●目次
序
第一章 上方蕉門の柵
第二章 江戸の風雅
第三章 夏草は枯野
第四章 結城伝説
第五章 江戸の変
第六章 毒ならぬ毒
第七章 團十郎死す
第八章 去来の一石
第九章 膳所主水の正体
第十章 夢の果て
終章
本文357ページ
文庫書き下ろし。
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『芭蕉の娘』(佐藤恵秋・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『雑賀の女鉄砲撃ち』(佐藤恵秋・徳間文庫)
『三楽の犬』(佐藤恵秋・徳間文庫)