『落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味』|辻堂魁|講談社文庫
辻堂魁(つじどうかい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『落暉(ゆうひ)に燃ゆる 大岡裁き再吟味』(講談社文庫)をご恵贈いただきました。
「風の市兵衛」シリーズで大人気の著者が、講談社文庫からどのような書き下ろし新シリーズを出していくのか、発売前から気になっていた作品です。
「落暉」は没する太陽、夕日のことで、らっきと読むことが多いようですが、本書では「ゆうひ」とルビが振られています。
南町奉行から寺社奉行に転出し、還暦を過ぎた大岡越前自身を象徴している言葉のように思われます。
大岡裁きで勇名を轟かせた大岡忠相も還暦を迎え、江戸南町奉行から寺社奉行に転出させられていた。なぜか突然の気鬱に襲われた大岡に、若く壮健だった町奉行時代のある事件への疑念が芽生える。「私の裁きは本当に正しかったのか?」
大岡は鷹狩の餌差・古風十一を使い、その事件の真相究明を始める。
(本書カバー裏の紹介文より)
元文元年十一月のその日、その年、六十歳を迎え、三月に寺社奉行に転出した大岡越前守忠相は、将軍吉宗の鷹狩りに加わっていました。
鷹狩りで忠相は、隼を鷹のように駆使して狩りをする一人の若者、十一(じゅういち)に出会いました。
十一は、千駄木組鷹匠組頭の古風(さきかぜ)昇太左衛門(しょうたざえもん)の十一番目の子で、餌差(えさし)をつとめる部屋住みの若者。
「鷹匠が性に合わぬのに、鳥刺なら性に合うのか」
「鳥刺のゆく森や林や野山の細道が、わたくしのゆく定めの道なら、その道をゆくつもりです。どんな道であっても、見るもの聞くもの出会うものが、わたくしを楽しませてくれます。それがわたくしには楽しいと、子供のころ追っていた千駄木の野を飛ぶ鷹に教わりました」
十一は胸をはずませ、心から楽しげに言った。
「はは。人の道を鷹に教わったか。面白い男だ」
(『落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味』 P.17より)
そのときから、一年が経った、元文二年閏十一月の寒い朝。
忠相は突然の気鬱に胸がつかえて、寝床から出る気力もなくなり、登城を控えることにしました。
わけのわからない気鬱に悩まされながら、忠相はひたすら自分自身と向き合い、過去の日記を読み返していました。
そして、五年前に、胸中に一抹の不安が兆しながらも下した裁きのことが思い出されました。
日記には、足掛五年前の享保十八年正月二十六日の出来事を、《高間騒動》と記している。その日、借家、店借、裏々に居住する諸職人、日傭取、その日稼ぎの町民二千余が、米問屋八人組筆頭の高間伝兵衛の日本橋店を襲った。
その騒ぎのあと、米問屋高間の手代の亡骸が、米蔵裏の草地で見つかった。手代は八右衛門と言い、匕首か小刀で腹や胸を数ヵ所刺され絶命していた。(『落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味』 P.43より)
差口(目撃者の密告)による捕縛と拷問の末の自白により、五年前に裁きがくだされ、下手人は打首になっていました。
忠相は古風十一を召し出して、米問屋の手代殺しを改めて調べ直すように命じました。
十一は、裁着け袴の侍風体で小さ刀を腰に帯びただけ。
「風の市兵衛」の唐木市兵衛のように、相手に威圧感を与えることはありませんが、ひと度、危機が迫ると抜群の体術で敵を倒します。
魅力的な時代ヒーローの登場により、事件を洗い直す過程が面白く物語に引き込まれていきます。
「静の忠相、動の十一」という役割分担がはっきりしていて、元読売屋の金五郎、密偵のお半とその手下のがま吉、元同心の前波甚之助など、ひと癖ある、多彩な登場人物が絡んでいきます。
実在の人物や事件、当時の政治情勢を巧みに取り入れながらも、「風の市兵衛」ファンばかりでなく、時代小説好きも、大満足の新シリーズの始まりです。
次巻の刊行が待ち遠しくてなりません。
落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味
辻堂魁
講談社・講談社文庫
2021年8月12日第1刷発行
カバー装画:宇野信哉
カバーデザイン:芦澤泰偉
●目次
序 放鷹
第一章 或る日の大岡忠相
第二章 高間騒動
第三章 腐れ役人
第四章 神流川
結 落陽
本文314ページ
文庫書き下ろし。
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『落暉に燃ゆる 大岡裁き再吟味』(辻堂魁・講談社文庫)
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