『茶筅の旗』|藤原緋沙子|新潮文庫
藤原緋沙子さんの長編歴史時代小説、『茶筅の旗(ちゃせんのはた)』(新潮文庫)を入手しました。
徳川と豊臣の決戦、大坂の冬の陣が間近に迫る中、宇治の御茶師の家に育てられた一人の娘を主人公に描いた長編歴史時代小説です。
コミックの『へうげもの』でおなじみの茶人で大名の古田織部やその弟子である小堀遠州も、主人公・綸に大きな影響を与える重要な役で登場します。
宇治の御茶師朝比奈家の養女として、綸は碾茶製造の技術を学び、病に倒れた父の跡を継ぐ。一方、徳川・豊臣の決戦近しの報が走る。豊臣の恩顧に報いるべきか、徳川につくべきか。文化的・政治的存在となった茶をめぐる人間模様の中で、これまで誰も取り上げなかった、御茶師に焦点を当て、時代の本流を縦糸に、綸の正義感と繊細な女心を緯糸に錦繍というべき世界を織り成した傑作歴小説。
(『茶筅の旗』カバー裏の紹介文より)
慶長十九年(一六一四)卯月。
宇治郷で茶薗を営む朝比奈道意の娘、綸(りん)は、二十一歳。
病がちの父の跡を継ぎ、御茶師を目指していました。
宇治では、碾茶(てんちゃ)と呼ばれる、抹茶のもととなる精製した茶葉を作っていました。それは、将軍家、禁裏や京の公家衆。各地の大名家、そして茶人をはじめとする数寄者たちに送られました。
茶薗を営むのは元は豪士(郷士)で、時々の為政者と茶道を媒介として強く結びつき、名字帯刀を許され、自らを「御茶師」と呼び、御茶師の代表格である上林家は、一方では代官として郷を治めていました。
綸は父、朝比奈道意とは血のつながりはなく、関ヶ原の戦いの折、伏見城下が戦乱に巻き込まれて、町中が火の粉に包まれた時、焼け跡から助け出されて、武将で茶道指南の古田織部の手を介して、朝比奈家に連れてこられ、道意の養女とされました。
「綸、そなたもこれから朝比奈家の跡取りとして、いよいよ本格的に御茶師の修業をするのだと、たった今お父上から聞いたところだが……」
織部は、綸の表情を確かめるように見て、
「そこで一つ聞きたい。この二つの御茶の違いは分かるな?」
二つの折敷を綸の前に進めた。
「はい、こちらが白茶、そしてこちらが青茶です」
綸は、それぞれ御茶を指して応えた。(『茶筅の旗』 P.24より)
宇治で御茶吟味役もつとめる古田織部が朝比奈家を訪ねて、綸をわが娘か孫のように成長を見守ってくれていました。
織部は、世の中は不安定で徳川と豊臣の間で争いが起これば、宇治はその渦に巻き込まれるだろう。
綸に、御茶師として油断せずにその時の備えをしておくことが大事と伝えました。
上林家の養子、清四郎を婿に迎える話もその備えの一つであると諭しました。
綸は、不躾な物言いをする清四郎と一緒になることに気が滅入る思いをしていました。
数日後、織部の茶道の弟子、小堀遠州が朝比奈家の茶薗にやってきました。。
綸は、小堀がお茶を点てる際の立ち居振る舞いの美しさをうっとりと眺め、それはいつしか少女の恋心となり、以来綸は小堀を心の底から慕うようになっていました……。
物語は、徳川と豊臣の間で揺れる宇治の御茶師の家の一年を綴っていきます。
茶薗の管理から、摘んだ生葉の選別、茶葉精製の過程が事細かく描写されていて、工場見学のように興味深く読み進めることができました。
その中で、ヒロイン綸の恋、正義感、美味しい御茶作りへの思いを描いていきます。
祖母文から綸に伝えた家訓、『怒りは呑み込め、それを糧にして機をみて踏み出せ、何どきも御茶師であることを忘れるな』(P.255)が胸に残りました。
上林家とともに宇治の御茶師の頭取だった森家が宇治郷を追放された経緯や、茶薗荒らしの犯人捜し、綸の実の父親は誰なのかといった、ミステリーっぽい要素もあって、最後の1ページまで目が離せない作品です。
茶筅の旗
藤原緋沙子
新潮社・新潮文庫
2021年6月1日発行
カバー装画:蓬田やすひろ
デザイン:新潮社装幀室
●目次
朝霧
決意
柴舟
女茶師
祝言
茶筅旗
落城
別れ
暗雲
夜明け前
解説 末國善己
本文366ページ
単行本『茶筅の旗』(新潮社、2017年9月刊行)を文庫化したもの
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『茶筅の旗』(藤原緋沙子・新潮文庫)
『へうげもの 一服』(山田芳裕・講談社文庫)