『藍染袴お匙帖 色なき風』|藤原緋沙子|双葉文庫
藤原緋沙子さんの文庫書き下ろし時代小説、『藍染袴お匙帖 色なき風』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
本書は、藍染橋側で治療院を営む女医の桂千鶴が、治療のかたわら難事件に挑む、「藍染袴お匙帖」シリーズの第13巻です。
2010年に、市川由衣さんの主演でNHK土曜時代劇「桂ちづる診察日録」として放送されたこともあり、著者の人気シリーズの一つ。
累計100万部突破というのが素晴らしいことです。
京橋の茶問屋から緊急の往診を受けた桂千鶴が訪ねると、一人娘のおふきが寝込んでいた。なぜか診察を拒まれた千鶴は、おふきに新しい命が宿っていることを察知。男手一つで愛娘を育て上げた主の庄右衛門は、お腹の子の父親の名を聞き出そうとするが、おふきは一緒になれない人なのだと頑として口をつぐむ。苦悩する庄右衛門の姿に深い親の愛を感じた千鶴は、子の父親捜しに協力するが、事態は予期せぬほうに転がっていく。累計百万部突破の超人気シリーズ、怒涛の第十三弾!
(本書カバー裏の紹介文より)
桂千鶴は、内科も外科も手掛けるシーボルトに師事した医師で、江戸でも珍しい女医者です。
父親の桂東湖が残してくれた藍染橋側の治療院を引き継いで、今や同業者も無視できない存在となっています。
「五月山、こずえをたかみ、ホトトギス、鳴く音空なる恋もするかな……」」
うっとした顔で口ずさんでみせる。
「紀貫之の歌ね……お道っちゃん、まさか誰かに恋しているってこと……」
「先生、こんなに忙しい毎日を送っていて、恋する機会なんてありませんよ。私だって乙女なんですから、切ない恋をしてみたいって思うことは許されるでしょ……でも先生は」
お道は、意味ありげににやりと笑って、
「求馬様がいらっしゃるものね。羨ましい。ねえねえ、もう江戸を発って三ヶ月近くになるでしょう。どうしていらっしゃるかしら」
(『藍染袴お匙帖 色なき風』 P.11より)
千鶴と相思相愛の仲の、家禄二百石の菊池求馬は、大番組配下に抜擢されて、上方在番となって大坂に赴任していました。
日本橋の呉服問屋に育ちながら一念発起して千鶴の弟子となったお道と、若い二人で営む治療院。
午前中は治療院で診察をし、午後は往診と目まぐるしく働いています。
とはいえ、まだ結婚もしたことのない、若い娘二人なので、往診の帰りに恋バナをして、評判のしるこ屋で道草をすることも。
「ここじゃあなんだ、表に出ろ!」
男の客が怒声を上げた。
いっせいに女客たちが、二人に視線を送る。
怒りを露わにして一人の男が立ち上がった。遊び人のように見えるが、目鼻立ちの整った男である。
一方、立ち上がった男を弱々しい顔で見上げているのは、団子鼻の気弱そうな男だが、こちらは苦労を知らないぼんぼんくずれといったところか。
(『藍染袴お匙帖 色なき風』 P.11より)
遊び人風の男は、ぼんぼんくずれの男を店の外に連れ出すと、襟首を掴んでぎりぎりと締め上げて、「借りたものは返す」と言って、容赦なく男の鼻を拳骨で殴りました。
千鶴は、二人の男に近づいて、遊び人風の男の暴力を止めて、ボンボンくずれの男の治療をすることに。
お道や治療院の女中のお竹から、もめ事にかかわるのは止めてくれと懇願されて、千鶴は厄介事に手を出さないことを誓ってみせますが、その脳裏には遊び人の風の男のことが気になっていました。
千鶴は人情に厚く、好奇心も強くて、そのうえ、柔を身に付けて、小太刀も遣えるので、身近に起こる事件の解決に乗り出していきます。
なかなか手が回らずに、著者の近作からはしばらく遠ざかっていましたが、読み始めたら作品の世界にたちまち引き込まれました。
人情時代小説の名手ならでは江戸情緒を感じさせる筆致と、巧みな物語展開、千鶴を中心にまとまった「藍染袴」ファミリーの面々の活躍、いつ読んでも安定した面白さがあります。
蓬田やすひろさんの表紙装画が楽しめるのも、藤原緋沙子さんの作品の魅力の一つ。
藍染袴お匙帖 色なき風
藤原緋沙子
双葉社 双葉文庫
2021年4月18日第1刷発行
カバーデザイン:泉沢光雄
カバーイラストレーション:蓬田やすひろ
●目次
第一話 約束
第二話 野分
第三話 色なき風
本文276ページ
文庫書き下ろし
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『藍染袴お匙帖 風光る』(藤原緋沙子・双葉文庫)(第1弾)
『藍染袴お匙帖 藁一本』(藤原緋沙子・双葉文庫)(第12弾)
『藍染袴お匙帖 色なき風』(藤原緋沙子・双葉文庫)(第13弾)