『からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け』|野口卓|新潮文庫
野口卓さんの長編時代小説、『からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け』を入手しました。
江戸好きで、ミステリーが好きな人にとって、写楽は誰だったのかは知りたいことの一つです。時代小説でも、これまでいろいろな作家が、史料や推理力を駆使して、その謎に挑戦してきました。
この謎を解く手がかりの一つは、写楽を世に出した、稀代の出版プロデューサー、蔦重こと蔦屋重三郎からアプローチすることかもしれません。
謎の絵師を、さらなる謎で包んでしまえ――。前代未聞の密談から、「写楽」売り出しの大仕掛けは始まった……。一つ、正体は決して知られてはならない。二つ、噂を流し影武者を作れ。三つ、御公儀に一泡吹かせるべし。江戸っ子の意地をかけ、蔦屋重三郎が動く。かくして「写楽」はデビューした。だが感づいた者がいた。危機一髪の尾行、想定外の事態。どうなる写楽。『大名絵師写楽』改題。
(本書カバー裏の内容紹介より)
寛政三年(一七九一)。
耕書堂の刊行本が発禁処分を受け、蔦屋重三郎は身上に応じ重過料の罰を受けました。対象となったのは山東京伝の『錦之裏』など三作で、すべて発売禁止と同時に板木は没収され、京伝は五十日の手鎖刑となりました。
天明八年(一七八八)の朋誠堂喜三二の黄表紙に始まり、翌年には恋川春町と唐来参和の黄表紙が発売禁止となりました。
自分と親しい戯作者たちが次々と処分の対象とされ、重三郎はじりじりと輪が狭められるような強い圧迫を感じていました。
重過料で打ちのめされたとき、重三郎の胸の裡に、祭りで踊り狂う男を描いた絵師のことが急浮上しました。
こんな絵だ。
男は左足一本で立っている。いや、立っているのではない。膝が前に出て脚は斜めになり、そのせいで上体はいくらか左に傾き、それを支えるため膨脛には筋肉が盛り上がっていた。
ほぼ水平に横に出された右足は、膝から下が背後に直角に曲がっている。それからすると、左足を踏み出し、右足がそれに続いて勢いよくまえに出ようとした瞬間を描いたことがわかる。
左腕を斜め前方に突き出して指を拡げ、右腕は斜め下に向かっているが、肘から先が不自由に伸ばされている。その指には団扇が握られていた。団扇を持った手で円を描こうとする、その一瞬を捉えたのだ。
(『からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け』P.18より)
重三郎は、出羽国久保田藩佐竹家の江戸留守居役筆頭平沢常富から、見せられた絵に興奮し、絵師を紹介してくれるよう平沢にたびたび願いましたが、その都度なんのかんのとよくわからない理由でうやむやにされてきました。
平沢は武家ながら、朋誠堂喜三二の筆名を持つ人気の戯作者でもあり、重三郎の古くからの狂歌仲間でした。
「踊り狂う男」の絵師に役者の大首絵を描かせよう、天啓のごとく閃いた重三郎は、改めて紹介してほしいと願い出ました。
なぜか絵師の紹介を渋る喜三二から、「あの絵を描いた人物の名を突き止めたら、相手に当たってもよい」と条件を出されました。
重三郎は、やがて「踊り狂う男」の絵師の正体を突き止めました。
その人物は、重三郎や喜三二と同じように、御公儀によって理不尽すぎる扱いを受けていました。
謎の人物は、重三郎の捻り出した東洲斎写楽を謎の絵師とする話に大いに乗って来て、さらに三つの難題を与えました。
重三郎と喜三二の二人のやりとりで、写楽のプロジェクトがどんどん形になっていくところに引き込まれます。
本書の面白さは、著者の出身地である、徳島県の阿波踊りを想起させるような、「踊り狂う男」の絵が発端となるところにあります。
盆踊りに魅せられた若様を描いた痛快時代小説『遊び奉行 軍鶏侍外伝』に通じる、阿波踊り愛が感じられます。
からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け
野口卓
新潮社 新潮文庫
2021年4月1日発行
カバー装画:安里英晴
デザイン:新潮社装幀室
目次
序
第一章 踊り狂う男
第二章 蔦重の思惑
第三章 無口な隠居
第四章 混迷曾我祭
第五章 謎の絵師
第六章 独り歩き
第七章 味方か敵か
第八章 わが写楽
第九章 写楽抹消
終章 瑕なき玉
主な参考文献
解説 細谷正充
本文491ページ
単行本『大名絵師写楽』(新潮社、2018年9月刊)を文庫化に際し改題したもの。
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『からくり写楽 蔦屋重三郎、最後の賭け』(野口卓・新潮文庫)
『遊び奉行 軍鶏侍外伝』(野口卓・祥伝社文庫)