『おんな与力 花房英之介(一)』|鳴神響一|双葉文庫
鳴神響一さんの文庫書き下ろし時代小説、『おんな与力 花房英之介(一)』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
『脳科学捜査官 真田夏希』シリーズをはじめとする現代物の警察小説での活躍が目立つ著者の、一年半ぶりの文庫書き下ろし時代小説です。
江戸へお帰りになさい。
3月第1巻と4月第2巻の2カ月連続刊行というのも楽しみです。
江戸中の町娘を美貌で虜にする総髪の新米与力、花房英之介。剣も達者で才気煥発、北町奉行所の期待を一身に背負う英之介には口が裂けても明かせぬ秘密があった――真の名は花房志乃、花も恥じらう十八歳の乙女なのである。五年前、暴れ馬に蹴られて死んだ双子の兄に成り代わり、その遺志を継ぎ男として生きる道を選んだのだ。女心を押し隠し、凛として悪に立ち向かう!! おんな与力の痛快裁きが冴え渡る新シリーズ第一弾。
(本書カバーの紹介文より)
花房又右衛門は、戦国大名宇喜多家の家臣・花房志摩守正成の末流で、北町奉行所の与力。長男も次男も夭折し、遅くできた十三になる三男の英之介だけが頼り。来年には見習与力として出仕させることも考えていました。
ところが、英之介が幼子を救おうとして暴れ馬に跳ねられて亡くなってしまいました。
双子の妹・志乃は、「知恵と勇気で悪党どものを懲らしめ、江戸の町の人々をいつも笑顔でいっぱいにする」という兄の遺志を継いで、女であることを捨て、英之介として生きることを父に願い出ました。
「わたくし、明日から、花房英之介に生まれ変わります。死んだのは志乃で、英之介は生命を長らえたと御役所(奉行所)にお届け下さい」
一語一語はっきりと、志乃は沸き上がる思いを言葉にした。
「おまえh自分がなにを申しておるのか、わかっているのか」
又右衛門の顔に顕れた変化は、驚きではなかった。それはひたすらあきれだったお。本気で取り合っていない顔つきだった。
「兄上とわたくしは双子。死んだのが志乃としても、誰も疑いませぬ。わたくしが、道場や塾へ参っても誰一人として志乃とは気づきますまい」(『おんな与力 花房英之介(一)』 P.33より)
五年が経った、明和四年(1767)、英之介は見習から本勤に昇格し、隠居した父に代わりに新米与力になっていました。
卯月のある夜、英之介は初の捕物出役で、千駄ヶ谷のはずれに建つ鳩森八幡裏手にいました。
二月ほど前から江戸市中の小町娘たちが何者かによって拐かされる事件が起きていました。やがて、隠密廻り同心の探索により、娘たちは、八幡裏手の無住の別墅に浪人者からなる凶徒たちと潜伏しているという情報が上申されました。
「囲めっ」
英之介は、不安を吹き飛ばすように指揮十手を勢いよく振って下知した。
二人の同心と小者たちは、浪人たちを半円形に囲んだ。
包囲陣は、敵と一間半ほどの間合いで対峙した。
「北町奉行所である。そのほうらを召し捕りに出張って参った。神妙に縛につけいっ」
英之介は定められた言葉を大音声に呼ばわった。(『おんな与力 花房英之介(一)』 P.56より)
前シリーズ「おいらん若君 徳川竜之進」が尾張徳川家のご落胤が吉原一の花魁となって悪を斬る痛快時代小説でしたが、今シリーズは乙女が男装して町奉行所の与力となって悪を裁くという、裏返しのような設定が面白いです。
普通であれば、花も恥じらう十八の乙女でいられるはずが、五年前に鬼となると父に誓い、以来娘姿を封印してきた志乃が辰巳芸者姿に女装して市中での探索に出るシーン、スリリングで色気もあって胸がときめきます。
おんな与力 花房英之介(一)
鳴神響一
双葉社・双葉文庫
2021年3月14日第1刷発行
カバーデザイン:長田年伸
カバーイラストレーション:山本祥子
●目次
第一章 志乃、鬼となる
第二章 暗夜の捕物
第三章 築地の火付け
第四章 度重なる災厄
本文257ページ
文庫書き下ろし。
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『おんな与力 花房英之介(一)』(鳴神響一・双葉文庫)
『おいらん若君 徳川竜之進(一) 天命』(鳴神響一・双葉文庫)
『脳科学捜査官 真田夏希』(鳴神響一・角川文庫)