『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』|小田菜摘|PHP文芸文庫
小田菜摘(おだなつみ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』(PHP文芸文庫)をご恵贈いただきました。
3月の新刊情報を作成していたときに、読みたいと思っていた作品の一冊です。ご献本は望外のことで、受け取った日は一日ハッピーな気分が続きました。
本書は、「平安あや解き草紙」シリーズなど平安時代を舞台に、女性の活躍を描いたライトノベルで活躍している著者が挑む、平安お仕事&ミステリーです。
大陸から海を渡ってきた胡人の父から医術を学んだ娘・瑞蓮(すいれん)が、腕を見込まれ、京の都の後宮へ。御簾の向こうの姫や女房達の身体や心の治療にあたるうち、瑞蓮は後宮に渦巻く陰謀に巻き込まれていく。共に働くのは若き医官の樹雨、そして陰陽寮の学生・安倍晴明も現われて……。百花繚乱の後宮で起きる様々な事件に、若き女医(薬師)が医学の知識を駆使して果敢に挑む、平安お仕事ミステリー。
(本書カバーの紹介文より)
安瑞蓮(あんすいれん)は、博多で生まれ育った二十四歳の異相の娘。
長安で医術を学んだ胡人の父が、大陸の治安悪化により海を渡って博多の逃亡へ逃れてきて、博多の唐坊で医院を開業しました。
親譲りの特異な容貌の瑞蓮は、女一人でも食べていけるよう、父から医術をみっちりと教え込まれました。
その甲斐あって今では、産婦人科と外科を得意とする、腕利きの女医として、博多のみならず筑前の国全体に瑞蓮の名は知れ渡っていました。
赴任してきたばかりの筑前守から、京に住む一人娘を見てほしいと頼まれて、京に出てきました。
娘の乙姫こと茅子は、三カ月程前から顔面の腫物に悩まされており、薬はもちろん祈禱に祓と手を尽くしたものの悪化するばかりで、いまでは局に引きこもってしまっているといいます。
本来なら断る話でしたが、博多の恩人である小野好古参議からの口添えの文もあって、渋々上京し、茅子を診察することなりました。
ところが重症の茅子は、北の方と乳母に対して、金切り声を立ててすごい剣幕で、苦い薬ばかりを飲ませて何の役にも立たない薬師なんてうんざりと、瑞蓮の診療を嫌がりました。
「乙姫様っ」
「姫。なんと失礼なことを」
北の方と乳母が懸命になだめるが、瑞蓮の怒りは頂点に達していた。
(はあ、ふざけんじゃないわよ。こっちは気乗りしないところをあんたの父親に頼まれて、わざわざ博多から足を運んだっていうのに!?)(『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』 P.23より)
そんな折に、典薬寮の新米医官で、母親同士がいとこの間柄という和気樹雨(わけのきう)もやってきて、茅子は瑞蓮の診療を受けました。
その後、瑞蓮は、樹雨の紹介で、後宮で今上天皇の若宮・朱宮(あけのみや)のできものと床擦れの診療を依頼されました。
四歳になる朱宮は、聡明ながら生まれつき身体が不自由なうえに、生母・桐壺御息所が身分が低いために、その存在を明らかにされていませんでした……。
あの病は現在の医術では治せない。いまある生命に対するやるせない現実に薬師として息苦しささえ感じる。
いったいこの世には、なぜ病というものが存在するのだろう。手の施しようのない病を抱えたまま、それでも生きねばならぬ運命を、誰が、なんの権利があって個人に与えたのか。(『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』 P.233より)
治せない病を前に、医師としての葛藤を覚えながらも、朱宮のできものの原因解明に努めていき、やがて後宮での対立から起こる事件に巻き込まれていきます。
職業人としての医師として、冷静にかつ知識を駆使して治療にあたる瑞蓮の評判は広がり、後宮に暮らす人々から、次々に診療の依頼が舞い込みます。
医療小説やお仕事小説としてだけでなく、後宮で起こる事件を、樹雨や陰陽寮の学生・安倍晴明の手を借りながら、解決していくミステリー小説としても楽しめます。
続編が楽しみな、フレッシュな平安時代小説の誕生です。
後宮の薬師 平安なぞとき診療日記
小田菜摘
PHP研究所・PHP文芸文庫
2021年3月18日第1版第1刷
装丁:こやまたかこ
装画:アオジマイコ
●目次
序 朱雀大路を歩いてみれば
第一話 我がまま姫に翻弄されて
第二話 若宮の病は菅公の呪い?
第三話 膳に難あり、女禍の卦
第四話 勤勉も時に因りけり
第五話 風癮昣(かざほろし)の原因は意外なところに
本文264ページ
文庫書き下ろし。
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『後宮の薬師 平安なぞとき診療日記』(小田菜摘・PHP文芸文庫)