『はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち』|坂岡真|双葉文庫
坂岡真(さかおかしん)さんの文庫書き下ろし時代小説、『はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
南町奉行所奉行所内では、「はぐれ」と呼ばれる変わり者の、例繰方与力の平手又兵衛。奉行所が裁けない悪に対して、内に秘めた正義感を爆発させて悪を懲らしめる、痛快な時代小説シリーズの第二弾です。
又兵衛の幼馴染みで、頼れる相棒の長元坊に、金貸しの老婆殺しの疑いが掛かった。無実を訴える又兵衛だが、長元坊を捕らえた北町奉行所との軋轢を恐れた南町の吟味方は、又兵衛のことばに耳を貸そうとしない。孤立無援のなか、友の窮地を救うべく奔走する又兵衛のまえに、北町の大きな壁が立ちはだかる――。怒りに月代朱に染めて、許せぬ悪を影裁き。
(カバー裏の内容紹介より)
気ままな独り暮らしに慣れた又兵衛のもとに、ある日突然、零落した大身旗本の娘で料理茶屋で下女奉公をしていた静香が、初老の両親とともに引っ越してきました。
静かに恋情を抱いている又兵衛は、両親のことは聞いていない、おぬしを嫁にはできぬと拒むこともできずに四人で暮らし始めました。
ある日、又兵衛は人別調掛の役人の代わりに、深川の万年橋まで出向き、御赦免船で赦免になった者を出迎えることとなりました。
人別調掛とは、赦帳撰要方人別調掛の略で、沙汰を受けた罪人のうち、遠島になった者たちの名簿と罪状書をつくり、将軍家に慶事などで赦令が出たときに恩赦の対象にする者を人選して町奉行所に上申する役目です。
許されて赦免船で戻ってきた者たちは家族や縁者の出迎えを受ける中、四十絡みの居職庄吉だけは出迎える者がありませんでした。
又兵衛は、庄吉の風貌から古い記憶を掘り起こし、欠けた井戸茶碗を直してくれた焼き接ぎの職人であったことを思い出しました。
庄吉のことが気になっていた翌朝、又兵衛のもとを庄吉の女房おれんが訪ねてきて、庄吉が遠島になった事件の真相を打ち明けました。
安松はみずから金を袱紗に包み、床に滑らせて差しだす。
又兵衛はさりげなく十手を握り、鉄の先端を袱紗に叩きつけた。
――ばきっ。
床に穴が開き、小判が四方に飛び散る。
いきなり立ちあがった又兵衛は、唸るように脅しあげた。
「悪党め、与力の両親を金で買えるとおもうなよ」
安松は額を床に擦りつけ、肩をぶるぶる震わせている。(『はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち』「赦免船」P.63より)
又兵衛が相棒の針灸医長元坊の助けを借りて調べを進めていくと、庄吉は愛宕権現社において高利貸しを九十段近くもある急峻な石段から突き落としたとされていましたが、事件の裏には高利貸しの右腕と目されていた安松の存在が浮かび上がりました。
普段は我関せずのはぐれぶりを見せている又兵衛が、悪党をみると、怒りを抑えられなくなり立ち向かう、その言動に快感を覚えます。
表題作の「鯖断ち」の章では、又兵衛の強力なバディである長元坊が金貸しの老婆殺しの疑いが掛かり北町奉行所に捕らえられ、絶体絶命の窮地に陥りました。
又兵衛は、親友を助けるために、好物の〆鯖を断って、真犯人探しに奔走します。
芝日蔭町の日比谷稲荷(現在の日比谷神社)は、古くは、日比谷稲荷明神旅(さ)泊(ば)稲荷明神と称していたことから、「鯖稲荷」に転訛し、鯖を断って祈願すると、虫歯封じに効験があるといわれていました。江戸の風習が物語に巧みに取り込まれていて、身近に感じられます。
はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち
坂岡真
双葉社 双葉文庫
2020年11月15日第1刷発行
カバーデザイン:鳥井和昌
カバーイラストレーション:村田涼平
●目次
赦免船
櫛侍の本懐
鯖断ち
本文315ページ
文庫書き下ろし
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『はぐれ又兵衛例繰控(一) 駆込み女』(坂岡真・双葉文庫)
『はぐれ又兵衛例繰控(二) 鯖断ち』(坂岡真・双葉文庫)