『江戸留守居役 浦会』|伍代圭佑|ハヤカワ時代ミステリ文庫
伍代圭佑(ごだいけいすけ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『江戸留守居役 浦会』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
江戸留守居役というと、加賀百万石の若き留守居役瀬能数馬と各藩留守居役との駆け引きを描く、上田秀人さんの「百万石の留守居役」シリーズが大人気ですが、それまではあまり時代小説ヒーローには、なりにくい存在でした。藩の外交官といった役目で、老練さや社交性が求められるイメージがあります。
はたして、本書では、留守居役がどんなふうに描かれ、活躍するのか大いに気になるところです。
現在の静岡県藤枝市にあたる、駿河藩田中という東海の小藩を取り上げられているのも面白い着眼で、楽しめるポイントの一つです。
江戸には誰も知り得ぬ「裏」がある――田沼の賂の政事が横行する天明三年、駿河国田中藩の高瀬桜之助は江戸留守居役に就いた。前任者の謎の死の理由を探る桜之助は、同じ留守居役の服部内記に浦会なる会合に誘われた。それは、かつて神君家康公が創った正義の闇組織だという。天下安定の名のもと、ある物をめぐる争奪戦に足を踏み入れた桜之助の命運は……。非情さの汚泥のなか、真心と優しさで闘う武士の清新な生きざま!
(本書カバー帯の紹介文より)
天明三年(1783)春。
高瀬桜之助は半年ぶりに江戸に戻ってきました。
去年の秋、直参旗本一千石、谷家の三男坊の身から、駿河国田中四万石の大名、本多伯耆守正徳さまの家中、高瀬家の入り婿となり、田中で暮らしていました。
が、江戸家老薮谷帯刀より、急死した江戸留守居役の後任を命じられました。
留守居役の役目のほかに、何者かに斬られて落命した前任者の死の真相を探り出し、主家に累の及ばぬように処置することも、ひそかに申しつけられました。
敵は黒覆面を着けている。
地にすれすれに刀を這わし、身も低くして桜之助の様子をうかがっている。
桜之助は黒塗りの鞘の先をまっすぐに、青眼の構えを敵に向けた。
地に這いつくばるようにして構えた敵は、唸るような声で桜之助に告げた。
「かのものを渡せ……渡さばよし、渡さねば……」(『江戸留守居役 浦会』 P.55より)
桜之助は、初めて参加した江戸留守居役の寄合の帰り、黒覆面の男に襲われました。
桜之助が『かのもの』を持っていると信じ、腕ずくで奪おうとされたのでした。
その翌日、桜之助は、桑名十万石、松平下総守忠啓さまの家中で江戸留守居役服部内記より、誘いを受けて『浦会(うらかい)』なる集まりに参加しました。
「そもそも『浦会』は、神君家康公がおつくりになったのじゃ」
「神君が……」
「さよう。天下を治める者に誤りはあってはならぬ。あってはならぬが、神ならぬ身じゃ、ときには公儀の仕置きが民百姓の苦しみとなることもあろう。また知らぬ間に天下に公儀への不満が溜まっておらぬとも限らぬ。そのときにこそ……」(『江戸留守居役 浦会』 P.89より)
桜之助は、正義の闇組織ともいうべき、浦会の役目を内記から明かされ、非情なる政事の世界に足を踏み入れていくことになりました。
著者については、生年出身が非公開で、本書でデビューということしかプロフィールではわかりません。
本書を読んで、勝手に妄想を膨らませています。
往年の伝奇小説めいた、先の読めない設定ながら、今どきのイケメン主人公とスピード感あるストーリー展開で、一気読みが楽しめる時代エンタメ小説が登場しました。
登場人物が「藩」という言葉を使わず、「駿河国田中四万石」とか、「本多伯耆守」とか名乗っている描写など、丁寧に時代考証をしているところにも好感を持ちました。
江戸留守居役 浦会
伍代圭佑
早川書房 ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年12月15日発行
カバーデザイン:k2
カバーイラスト:丹地陽子
●目次
第一章 邂逅
第二章 薄闇
第三章 至誠
第四章 厭離
第五章 浄土
本文339ページ
文庫書き下ろし
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『江戸留守居役 浦会』(伍代圭佑・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
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