『信長島の惨劇』|田中啓文|ハヤカワ時代ミステリ文庫
田中啓文(たなかひろふみ)さんの文庫書き下ろし戦国小説、『信長島の惨劇』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
近年、独創的で超絶おもしろ時代小説を精力的に発表している著者の、注目の最新書き下ろし作品です。
天正十年六月十三日に山崎の戦いが終結し、二十七日に清須会議が行われるまでの二週間の間に起きた、どんな歴史書にも載っていない「あるできごと」を描いています。
本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれてから十数日後。死んだはずの信長を名乗る何者かの招待により、羽柴秀吉、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康という四人の武将は、三河湾に浮かぶ小島を訪れる。それぞれ信長の死に対して密かに負い目を感じていた四人は、謎めいた童歌に沿って、一人また一人と殺されていく――。
アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』にオマージュを捧げた本格時代ミステリの傑作。
(カバー裏の内容紹介より)
三河湾に浮かぶ無人島・のけもの島、通称、信長島に、本能寺の変の十数日後、羽柴秀吉が単身乗り込みました。
秀吉を手紙で離島に呼び出したのは本能寺で死んだはずの信長を名乗る何者かで、このとき、同じように招かれたのが、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康でした。
四人の武将はそれぞれに、信長の死に対して密かに負い目を感じていました。
信長島では、光秀の娘・お玉、信長の小姓・森蘭丸と黒い肌の忠僕・弥助、信長の茶堂・千宗易(のちの利休)が、四人の武将を出迎えました。
かごめかごめ
かごのなかのこまどりが言うことにゃ
人も通わぬ山奥に 山奥に
六つの獣がござった……
家康は耳を澄ましてその歌に聴き入った。(『信長島の惨劇』P.126より)
孤島で、不思議で不気味な歌詞のわらべ歌がどこからとも流れてきました。
夕食時となり、四人の武将を迎えて、広間の大テエブルで、贅を尽くした豪奢な料理が振る舞われました。
そして、歌に合わせるように、夕食中に一人が殺されました……。
本の扉に、「アガサ・クリスティーに」と献辞が入っているように、本書は孤島に招かれた登場人物が童謡の歌詞になぞらえて次々に殺されていく『そして誰もいなくなった』にオマージュして、信長と彼を取り巻く登場人物たちを描く時代ミステリとなっています。
『そして誰もいなくなった』はじめクリスティーの作品を多数刊行して、ミステリーの新人作家の発掘と育成を目的としたクリスティー賞を創設している、早川書房から本書が刊行されたことに、敬意と驚嘆を覚えました。
ミステリの名手でもある著者がどのような話に仕立てるのか、ワクワクが止まりません。奇想天外な設定で本格歴史ファンは目くじらを立てるかもしれませんが、妄想を大いに膨らませて本書を楽しみたいと思います。
『そして誰もいなくなった』にインスパイアされた時代ミステリでは、鳴神響一さんの『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』もおすすめです。
書道家、漢学者、儒学者、戯作者と多才の文人として知られる、多田文次郎(後の沢田東江)が探偵役をつとめています。
信長島の惨劇
田中啓文
早川書房 ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年12月15日発行
カバーデザイン:岩郷重力+Y.S
●目次
なし
本文334ページ
文庫書き下ろし
■Amazon.co.jp
『信長島の惨劇』(田中啓文・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー・青木久惠訳・ハヤカワ文庫・クリスティー文庫)
『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一・幻冬舎文庫)