『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』
河治和香(かわじわか)さんの歴史時代小説、『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』(小学館)をご恵贈いただきしました。
著者は、2003年に『秋の金魚』で第2回小学館文庫小説賞を受賞してデビューし、、2018年刊の『がいなもん 松浦武四郎一代』で、第25回中山義秀文学賞と第13回舟橋聖一文学賞をW受賞しました。
『秋の金魚』は、幕末、韮山代官の江川太郎左衛門配下の二人の若者に愛された娘の女心を描いた長編小説です。
『がいなもん 松浦武四郎一代』は、北海道の名付け親で蝦夷地探検家の松浦武四郎の波乱に満ちた生涯を、河鍋暁斎の娘お豊の昔語りで綴った一代記です。
河鍋暁斎、月岡芳年、落合芳幾、歌川芳藤、三遊亭圓朝……。
そんな〈江戸っ子のなれの果て〉を見届けた国芳の娘は、昭和の頃まで春画を描きながら生きたという。
国芳には、早世した美しい娘・登鯉と、その陰に隠れていた次女のお芳という娘がいた。誰にも愛された長女が最後に選んだものは?
そして、誰かに愛されたくても愛されなかった次女が最後まで愛を求めたのは? さらにはじめて明かされる〈国芳の孫〉の存在……。
(本書カバー帯の紹介文より)
国芳は、愛猫家の浮世絵師としても、近年人気が高まっていますが、その弟子たちも一癖も二癖もある個性派ぞろいでした。
また、国芳の娘というと、著者の歴史時代小説『国芳一門浮世絵草紙 侠風むすめ』のおきゃんな美少女・登鯉(とり)が思い出されます。
本書は、早世した登鯉の代わりに、お芳(芳女)が、新聞記者の鶯亭金升の取材を受ける形で、自身のこと、姉のこと、弟子たちのことを語るという、構成になっています。
『国芳一門浮世絵草紙』の明治編で、国芳一門絵師の列伝というか銘々伝ですが、くせ者ぞろいの弟子たちなので、さながら奇人伝といった面白さがあります。
明治六年、歌川国芳の十三回忌のエピソードから物語が始まります。
国芳の十三回忌に石碑を三囲神社に建てる話が持ち上がり、国芳の娘・お芳とその夫・田口其英の名で寄付金が集められたが、二人が顕彰碑建立資金を持ち去り雲隠れをしたといいます。
「さすが国芳の娘だ」
と、客に感嘆されるのを、お芳はどこか面映ゆく聞き流している。
絵師の娘は……北斎の娘がそうであったように、多かれ少なかれ父親の代筆をしている。弟子が師匠の画風に似ている以上に、娘は父親とそっくりの骨法を身につけているものであった。
その点、お芳の姉の登鯉は、いっさい父の真似をしなかった。登鯉が父親のそばにた頃は国芳の全盛期だったので、国芳は娘にコマ絵は描かせても、代筆の必要などなかったから。きっと、娘には娘らしい絵をのびのびと描かせたかったのだろう。
だが、妹のお芳が国芳のそばに戻ったころは、すでに国芳は中風で倒れていたから、お芳はひたすら国芳風に絵を描くことを求められ、そのことに腐心した。(『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』「一、国芳の娘のこと」P.30より)
国芳という大看板を失い、明治の文明開化の時代にもまれ、もがき苦しむ一門の絵師たち。
幼少の頃から他家に行儀見習いに上がり、弟子たちと距離があるお芳。美少女で人気者の姉と比較されて自信を失い、居場所が見つけられないお芳。早世した姉や父への揺れる思いを持て余す女絵師の苦悩が浮き彫りになっていきます。
「節酒ねぇ」
やれやれとお芳は笑った。節酒と言うわりには、今日の暁斎は相当に飲んでいる。
「ワーグマンの『ジャパン・パンチ』の向こうを張って、日本のポンチだから……『ニッポンチ』って……」
お芳がくすくす笑うと、暁斎も悦に入ってスイスイ盃を重ねている。
「ニッポンチ……いいだろう? やるぞ、ニッポンチ!」
と、誰に言うでもなく「ニッポンチ、ニッポンチ:と叫んで絡んでいる。(『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』「三、暁斎のこと、そして周延のこと」P.73より)
河鍋暁斎は、七歳のころに国芳の画塾に入門し二年くらい通ったものの、父の反対にあって、狩野派に入門し直した経歴がありましたが、その後も国芳一門への出入りをしていました。
酒好きの暁斎は、国芳の十三回忌の書画会の席で、酔った挙句に、絵新聞である絵新聞『日本地(ニッポンチ)』を出すことを宣言します。
(本書の表紙装画に使われている図版が『日本地』の第1号です)
明治の画壇と世相、風俗が生き生きと描かれ、物語の世界に引き込まれていきます。
ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙
河治和香
小学館
2020年11月4日 初版第一刷発行
カバー表1および表紙図版:『日本地』創刊号 河鍋暁斎・画、仮名垣魯文ほか・文(神奈垣魯文・1874年)(東京大学大学院法学政治学研究科附属近代日本法政史料センター明治新聞雑誌文庫蔵)
カバー表4図版:『日ポン地』第四編 春郊・画 鶯亭金升・文(『風俗画報』臨時増刊・第300号)(東陽堂・1904年刊の復刻版/国書刊行会・1976年)
装幀・bookwall
●目次
一、国芳の娘のこと
二、芳虎と芳藤のこと
三、曉斎のこと、そして周延のこと
四、芳年のこと
五、田蝶と竹内久一父子のこと
六、圓朝のこと
七、閑話 芳延や芳春のことども
八、芳幾のこと
九、芳宗父子と芸者島次のこと
十、ふたたび国芳の娘のこと
あとがき
あとがきによると、河治さんの担当編集者が定年退職され、本書が最後の作品になるとのこと。
二人のさまざまな思いと工夫が盛り込まれていて、記憶に残る一冊となりました。
298ページ
初出:「きらら」2019年8月郷から2020年7月号まで連載された『ニッポンチ! 明治浮世絵草紙』を改題し、加筆改稿したもの。
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『ニッポンチ! 国芳一門明治浮世絵草紙』(河治和香・小学館)
『秋の金魚』(河治和香・小学館文庫)
『がいなもん 松浦武四郎一代』(河治和香・小学館)
『国芳一門浮世絵草紙1 侠風むすめ』(河治和香・小学館文庫)