『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝(一)』
田中啓文(たなかひろふみ)さんの文庫オリジナル時代小説、『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝(一)』(集英社文庫)を入手しました。
「さもしい浪人」と聞いて、ピンと来るキャラクターがあります。
NHKテレビで、1973(昭和48)年4月から1975(昭和50)年3月まで、全464話が放送された連続人形劇「新八犬伝」に登場した小悪党、網乾左母二郎です。
左母二郎は、「さもしい浪人、あぼしさーもーじろう」のフレーズとともに登場し、八犬士の一人、犬塚信乃のもつ名刀村雨をだまし取ったりする、印象に残る脇役の一人です。
本書の帯に、執筆の動機が、「新八犬伝」であることが書かれていてますます楽しみになりました。
網乾左母二郎は金のためなら手段はいとわぬ小悪党。流れついた大坂で、悪党仲間の怪盗・鴎尻の並四郎、妖婦・船虫の二人としがない日々を送っている。そんな折、犬公方・綱吉に集められた「八犬士」が、失踪した綱吉の娘・伏姫探索のため大坂に。なぜか協力することになった左母二郎たちだが、矢数俳諧と通し矢を巡る大陰謀に巻き込まれ――悪党が巨悪に立ち向かう痛快伝奇時代小説、ここに開幕!
(本書カバー裏の紹介文より)
網乾左母二郎は、ゆすり、たかり、かっぱらい、かたり、いかさま博打……なんでもする、食うに困ると切り取り強盗も辞さぬ、小悪党です。
江戸を所払いになり、近頃は大坂に居を構えていました。
「それだけの剣の腕があるのに、なんでわしら町人にたかったり、銭を拾い集めたりあさましい、情けない真似しまんのや。剣術指南役とか、仕官の口ぐらいなんぼでもおまっしゃろ」
「せこいと思うか」
「正直言うと、そう思いますわ」
「ああ、そうだよ。俺ぁせこいし、あさましい侍だ。けどよ……仕官するってのはおのれの自由を売り渡すってことだぜ。俺にゃあ今の生き方が合ってるのよ」(『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝(一)』 P.13より)
物語の冒頭で、ヒグマの留と二う名をもつ、大男の駕籠かき相手に、往来でぶつけられたと難癖をつけて、小遣い銭を巻き上げました。
地主を脅して棲みついたボロボロの一軒家に、年増女の船虫(「新八犬伝」にも妖婦として登場した)と、怪盗の鴎尻の並四郎と住んでいました。
並四郎は、不正をして稼いでいる悪徳商人の屋敷に「予告状」を送ったうえでまんまと指定の品を盗み取り、かもめが群れ飛ぶ戯画を描いた紙と嘲るふざけた文句を残していくことで「かもめ小僧」とも呼ばれる怪盗です。
さて、左母二郎は、近所の貧乏長屋に、別嬪の武家娘と坊主が入っていったのを見かけて、金儲けの種と、長屋に踏み込むことに……。
「新八犬伝」に題材のヒントを得ながら、大胆に換骨奪胎して、新しい伝奇小説に仕上げていく、著者のお手並みを拝見、いや拝読できる作品です。
往年の人形劇「新八犬伝」を知らない世代の人にも、ちょいワルが小気味よく活躍する痛快ピカレスク時代小説としておすすめです。
さもしい浪人が行く 元禄八犬伝(一)
田中啓文
集英社 集英社文庫
2020年9月25日第1刷
「web集英社文庫」2020年6月~9月に配信されたものを加筆・修正したオリジナル文庫。
カバーデザイン:木村典子(Balcony)
カバーイラスト:林幸
●目次
第一話 通し矢と矢数俳諧
第二話 真白山の神隠し
解説 末國善己
本文333ページ
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『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝(一)』(田中啓文・集英社文庫)
『新八犬伝 起』(石山透・角川文庫)