『天を灼く』
あさのあつこさんの長編時代小説、『天を灼く(てんをやく)』(祥伝社文庫)を入手しました。
本書は、天羽藩(あもうはん)の上士の嫡男、伊吹藤士郎の青春を描く、時代小説シリーズ三部作の第一作です。三カ月連続刊行として、第二作『地に滾る』は2020年9月、第三作『人を乞う』は2020年10月の刊行予定となっています。
作品の舞台となる天羽藩は、西国にある六万石の架空の藩で、稲作と畳表に使う藺草の二毛作をしているという記述から、岡山(備前、備中、備後)あたりの藩がモデルになっているようです。
元服を目前に控えた伊吹藤士郎は、天羽藩上士の嫡男として何不自由ない生活を送っていた。だが突然、父の斗十郎が、豪商と癒着した咎で捕縛されてしまう。無実を信じながら母や姉と共に不安な日々を過ごす中、ついに斗十郎に切腹の沙汰が。一目会うべく牢屋敷に忍び込んだ藤士郎に、斗十郎は介錯を命じるが……。ひたむきな生を描く青春時代小説シリーズ、第一弾!
(本書カバー裏の紹介文より)
主人公の伊吹藤士郎の父で、天羽藩で五百石取りの大組組頭をつとめる斗十郎が豪商・出雲屋から賄賂を受け取った罪で捕縛され能戸の沢にある牢屋敷に投獄されました。
鷹揚磊落な父とおっとりした気質で料理上手の母・茂登子、美貌ながらしっかり者の四つ上の姉・美鶴、嫡男の藤士郎の四人家族の伊吹家は、人が集まる居心地のいい家でした。
元服前の十四歳の藤士郎は、それまで何不自由なく、塾と剣術道場に通う日々を送っていました。
友で、同じ道場に通う、風見慶吾と大鳥五馬と道場帰りに藤士郎の家に立ち寄って間食を食べたり、他愛ないおしゃべりをするのが何よりも楽しみでした。
藤士郎は半ば枯れかけた草を踏みしだき、前へ進んだ。
雨脚が強くなる。急勾配の道を水が流れ下って、悪路をさらに歩き難くしてしまう。
意外なほど近くで鹿が啼いた。
父上もこの道を通られたのか。
今向かっている能戸の沢に辿りつくには、この道を行くしかない。二十日前、父、伊吹斗十郎もここを上ったのだ。罪人として引き立てられて。
(『天を灼く』 P.7より)
藩から沙汰が下り、斗十郎は切腹を申し付けられ、伊吹家は家禄を二十分の一に減じ、屋敷を没収、家人は城下から四里あまり離れた村へ領内所払いを命じられました。
斗十郎の処刑の前日、牢屋敷の番人をつとめる柘植右京が藤士郎の前に現れ、明日の朝までに能戸の沢にて対面したく、その折に佩刀一振りを持参するようにという、父の伝言を伝えました。
藤士郎は雨の中、山道を越えて能戸の沢に向かいました。牢屋敷では、父と短い間ながら対面を果たしましたが、父からは思いがけない、切腹の介錯を命じられました。
過酷な運命が伊吹家を襲います。その夜を境に、藤士郎は大人への階段を上っていきます。
藤沢周平さんや葉室麟さんの時代小説を想起させるような設定がありながらも、随所にきめ細やか描写やユニークなストーリー展開が見られ、読みごたえのある時代小説となっています。
とくに、母茂登子や姉美鶴ら女性の登場人物たちの心情や振る舞いの描写が見事で自然に物語の世界に引き込まれていきます。
天を灼く
あさのあつこ
祥伝社 祥伝社文庫
2020年8月20日初版第1刷発行
単行本『天を灼く』(祥伝社、2016年10月刊)を文庫化したもの
カバーデザイン:多田和博+フィールドワーク
カバーイラスト:スカイエマ
●目次
第一章 漆黒の雨
第二章 夜の霧
第三章 風、疾る
第四章 科戸の風
第五章 疾風雲の彼方
第六章 明けの空
第七章 風わたる
第八章 地に立つ
本文392ページ
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『天を灼く』(あさのあつこ・祥伝社文庫)