『天地に燦たり』
川越宗一さんの長編歴史時代小説、『天地に燦たり』(文春文庫)を入手しました。
著者は、明治から昭和にかけて、樺太アイヌの闘いと冒険を描いた長編小説『熱源』で、2020年、第162回直木賞を受賞しました。
本書は著者のデビュー作で、歴史時代小説家の登竜門の一つである、第25回松本清張賞受賞作です。
松本清張賞は、かつては推理小説または歴史・時代小説を対象として公募していましたが、第11回以降は、ジャンルを問わぬ良質の長編エンターテインメント小説を対象としています。
松本清張賞受賞作家の中では、山本兼一さん、葉室麟さん、青山文平さんが、後に直木賞作家となっています。
戦を厭いながらも、戦でしか生きられない島津の侍大将。被差別民ながら、儒学を修めたいと願う朝鮮国の青年。自国を愛し「誠を尽くす」ことを信条に任務につく琉球の官人。秀吉の朝鮮出兵により侵略に揺れる東アジアを、日本、朝鮮、琉球の三つの視点から描く。直木賞作家のデビュー作にして松本清張賞受賞作。
(本書カバー裏紹介より)
天正十四年(1586)七月、島津の侍大将、大野七郎久高は、大友家方の高橋紹運入道が城方の将として守る筑前の岩屋城を攻めていました。
千に満たない岩屋城に対して、島津勢は五万を数える大軍で包囲していました。
戦は決した。そう判断した久高は、麾下の士たちに自由な行動を許した。みな手柄を求めて思い思いに散って行く。
「七郎どのはどうされるのです」
城壁をぶち抜いた己の手際を矜っているのか、問う重純の顔は得意気に見えた。褒めるのはやめようと思い直してから、、久高は答えた。
「お前の勧めに従う。紹運入道に会いに行く」
「え、本当に会いに行くのですか」(『天地に燦たり』P.30より)
久高らが突入した城内の一角を制圧し、大手門を始め城の各所を破り、十日以上にわたって大軍にもまれながらも守り抜いてきた岩屋城は落城寸前となりました。
「人ニシテ礼無ケレバ、能ク言フト雖モ亦禽獣ノ心ナラズヤ」と、儒学を学んできた久高は、殺戮が手柄として貴ばれる戦国の世に、犬や畜生と言われても勝つことを本分とする日本の士として生まれました。
そして、戦えば死を免れない圧倒的な不利な状況で戦う紹運入道の話を聞きに、七郎は単身で会いに行きます。
「あなたに質したきことがあって来た。なぜ戦う。いや」
数瞬、言い直す言葉を探す。
「なぜ無為に死のうとする。余計な人死にを出してまで」
紹運入道は不思議なものを見るような目を久高に向けた。
「士に、戦う理由を問うのかね」
「これは戦ではない。日本の士とは戦う者だ。死にたい者の謂いではない。なぜあなたは死しかない戦いを続ける」(『天地に燦たり』P.34より)
本書は、久高をはじめ、朝鮮の被差別身分・白丁出身の若者・明鍾(めいしょう)、諸国の内情を探る密偵を役目とする琉球国の官人・真市(まいち)、三人の若者を通して、豊臣秀吉の朝鮮出兵により侵略の嵐が吹き荒れる東アジアを描いていきます。
儒学の「礼」をキーワードに、異文化の相克と歴史のダイナミズムに触れながら、知的好奇心が満たされる、歴史エンターテインメント小説です。
文庫化で読みたい作品の一つです。
天地に燦たり
川越宗一
文藝春秋 文春文庫
2020年6月10日第一刷発行
単行本『天地に燦たり』(2018年7月、文芸春秋刊)
イラスト:もの久保
デザイン:野中深雪
●目次
禽獣
異類
をなり神の島
天地と参なるべし
天下と四海
壬辰倭乱
碧蹄
万物生生
泗川
何ぞ死なざる
誠を尽くす
恃険与神
琉球入り
天地に燦たり
解説 川田未穂
本文398ページ
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『天地に燦たり』(川越宗一・文春文庫)
『熱源』(川越宗一・文藝春秋)