『乱』
矢野隆(やのたかし)さんの長編小説、『乱』(講談社文庫)を入手しました。
本書は、江戸時代の前期に起こった、宗教戦争とも農民一揆ともいわれた島原の乱を描いた歴史時代小説です。
著者は、2008年、『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞してデビューし、『生きる故』『我が名は秀秋』など、歴史時代小説を発表されています。
戦国時代など激動の時代を取り上げることが多く、新しい視点からの歴史解釈、骨太なキャラクター造形と合戦シーンなどで、読者を引き付ける作家です。
森の中で独り生き抜いてきた野生児「虎」が村人に捕まり、少年に命を救われる。天草四郎と虎の出会いだった。当時、九州の島原と天草の切支丹に対する迫害は苛烈を極め、四郎の父親らは公儀への反抗を企てていた。他方、老中・松平信綱は、三代将軍・家光の治世に不安を抱き……。島原の乱を描いた快作!
(カバー裏の内容紹介より)
寛永十四年(1637)二月末。
老中松平伊豆守信綱は、江戸城で柳生但馬守宗矩と対面しました。
宗矩は、隠密の役目を負った息子の十兵衛が島原にいて、民の困窮が他国の比でなく、転切支丹たちの中に不穏な気が満ちているという、状況を報告しました。
乱……。
いま幕府に必要なものは、乱なのである。幕府がはじまって三十余年。いまだ様子をうかがっている者の脳天に巨大な鉄槌を下さなければ、本当の意味で幕府は天下万民を支配できはしないのだ。
その鉄槌がなんであるか。
乱なのだ。
(『乱』P.73より)
信綱は、乱を起こすなら、江戸や都から遠く離れた場所で、国を亡ぼす邪教である切支丹が蜂起し、民に対して力を見せつけられればよいと考え、心に“島原”という名がはっきりと刻まれました。
村人に捕まって檻に入れられた、野生児「虎」に対して、村を訪れた益田四郎(天草四郎)と名乗る少年は、「腹は減っていないのか」と声をかけ、もてなしで出された焼き魚を差し出しました。
「どうしておれにやさしくする」
「優しくしているつもりはない。誰かに優しくしようとか、なにかをやってやろうなどという考えは、人の上に立った物言いだと思う。私はそなたが腹が減っているだろうと思い、私が食べられなかった魚を食べてもらおうと思っただけだ」
四郎は虎から視線を逸らさず答えた。
(『乱』P.88より)
公儀と切支丹との戦の謀議を重ねている父たちに対して、でうす様を信じ、人を慈しみ、貧しき者、弱き者のために我が身を投げ打つ、切支丹の生き方を実践する四郎。
四郎と出会ったことで、人として生き始める「虎」。
そして、民による乱の蜂起を密かに望んでいる信綱。
三人にとっての島原の乱とは……。
乱
著者:矢野隆
講談社文庫
2020年5月15日第1刷発行
本書は、『乱』(2014年5月、講談社刊)を加筆・修正して文庫化したもの
カバー装画:遠藤拓人
カバーデザイン:高柳雅人
●目次
なし
解説:縄田一男(文芸評論家)
本文373ページ
■Amazon.co.jp
『乱』(矢野隆・講談社文庫)
『蛇衆』(矢野隆・集英社文庫)
『生きる故 「大坂の陣」異聞』(矢野隆・PHP研究所)
『我が名は秀秋』(矢野隆・講談社文庫)